丁寧に頭を下げてから病院を出た。
取りあえず、ほぼ妊娠が確実となった今、八重がすべきことはひとつしかなかった。
家にはまっすぐに帰らずに、駅とは反対の方角に向かった。
京介の勤める会社がこの近くにあり、自然と足がそちらのほうに向いていた。
妊娠の事実を京介に伝えるつもりだった。
昼休みになるのを待って、携帯から電話をかけた。
どこか知らない児童公園の中だった。
小さな子供連れの母親の姿が、ちらほら目立つ。
八重は目立たないように公衆トイレ近くのベンチに座り、携帯電話を耳に当てた。
目当ての主は、すぐに出た。
(もしもし、母さんかい?)
何も知らない京介の声は明るい。
「京ちゃん・・京ちゃん・・京ちゃん・・・」
冷静に話すつもりだったのに、京介の声を聞いた途端、それまで我慢していたものが溢れ出た。
慌てて周りに目を向けたが、八重の変化に気付いた者はいそうにない。
(母さん?どうしたの?)
あまり物怖じすることのない息子は、八重の泣き声を聞いても狼狽える様子はなかった。
「あのね・・・京ちゃん、あのね・・・」
必死に言葉を継ごうとするが、どうしても最後の一言が出てこなかった。
(妊娠したんだね)
不意に耳に当てた携帯の向こうで、京介が言った。
「あ、あなた・・・どうして、それを・・・」
京介に、妊娠に関することはこれまで一切触れていない。
(わかるよ。母さんのことなら、なんでもわかるさ。)
ありがたいような、少し不気味にも思えるような京介の勘の良さだった。
「どうしよう・・、ねえ、京ちゃん、どうしたらいい?」
望んではいけない子供だった。
夫を傷つけるために産まれてくるような子供だった。
あれほど夫と頑張ったのに、神様は子供を授けてくださらなかった。
それなのに、欲しがってはならない人の子供は宿させた。
禁断の領域に踏み込んでしまった八重に、神様が意地悪をしているような気がしてならなかった。
おまけに双子である。
これはもう皮肉としか言いようがない。
溢れ出たものが止め処なく流れ落ちていき、唇を噛みしめる八重の頬を伝っていった。
(産めばいいじゃないか。)
呆気なく言われて、八重は一瞬耳を疑った。
産んであげたい気持ちは、確かにある。
しかし、それには犠牲にするものがあまりにも大きすぎる。
「産むって、どうやって産むのよ・・・お父さんの子供じゃないのよ・・・」
あなたの子供よ・・・。
喉まで出かかった。
(知ってるよ。俺の子供だろ?)
察することに機敏な息子は、まったく憶することなく言った。
「お父さんになんて言うの?京ちゃんの子供がお腹にいますって言うの?どんな顔をすればいいの?」
(俺の子供だなんて言う必要はないさ。)
「え?」
(取りあえず電話じゃなんだから、仕事が終わったら会おう。近くまで来てるんだろ?)
時々この子の勘の良さが怖くなる。
(どこにいるか教えて。仕事が終わったら迎えに行くから。)
八重は、公園近くに立つ電柱から住所を知ると、それを京介に告げた。
(仕事が終わったら電話する。それまで映画でも観てて。それじゃ・・・。)
そこまで言いかけて、京介が慌てたように言葉を繋げた。
(それとさ、父さんから携帯に電話が掛かってきても絶対に出ないでね。いい?絶対に出ちゃだめだよ)
どうして?、と言いかけたところで、電話は切られてしまった。
切られてからも、しばらくは携帯を耳から離すことができなかった。
どうして電話に出てはだめなの?・・・。
京介が何を企んでいるか、まったくわからない八重だった。
警察官の夫を持って、苦労していた八重をずっと見つづけていたせいか、京介は大学を卒業するとき、普通の仕事がいい、と言って、大手電機メーカーに職を求めた。
国立の四大を良好な成績で卒業した彼は、就職活動にもたいして苦労することなく、希望通りの仕事に就いている。
まだ、たいした肩書きも持ってはいないが、社内での評判は良く、期待もされているらしい。
京介ならば、それくらいは当然だと八重などは思っている。
何事にもあまり動じることがなく、家を空けることの多かった夫との暮らしに、それほど不安を覚えなかったのは、ひとえに、この京介がいてくれたからに外ならない。
彼はひどく頼りになったし、八重の良き相談相手でもあった。
だからこそ、これほど好きになってしまったのだし、今ではすっかり依存もしている。
「ええっ!?そんなことできるわけないわ!?」
仕事を終えて、迎えに来てくれた京介と、彼の愛車の中で話し込んでいた。
「できなくてもやるんだ。これ以外に母さんが俺の子供を産む方法はない。」
きっぱりと京介は言い切った。
駅近くの駐車場に車を入れて、二人は後部座席に移っていた。
管理人などもいない月極駐車場には、指定場所に数台の車両が止まっているだけで人の姿はほとんどない。
たまに入り口に面した歩道を、仕事帰りの人々が行き交うだけで、新たに駐車場に入ってくる車もまったくなかった。
もちろん車を停めたスペースは、京介とはなんの関わり合いもない。
「お父さん、今頃すごく心配してるわ・・・」
時間は8時を過ぎていて、それまでに夫から三度電話があった。
きっと、家に帰ってこない八重を心配して掛けてきたに違いない。
「俺の所にも2回掛かってきたよ」
重い口調でそう言ったきり、京介は黙り込んでしまう。
「やっぱり・・怖いよ・・」
八重は泣きそうになっていた。
「他に方法はないんだよ。」
京介の手が胸元から入っていた。
八重の肩を引き寄せながら、手のひらに掴んで乳房を弄んでいる。
「だって、そんなこと・・・」
「俺の子供が欲しくないのか?」
乳房をぐっ、と握られて、八重は顔をしかめた。
すぐに指の腹が乳首を撫でてきた。
「あ・・いたずらしちゃ駄目だよ・・・」
八重にも、他に方法はないように思えた。
しかし、だからといって、そんなことまでしなければならないなんて・・・。
「あ・・・京ちゃん、駄目だよ・・・気持ちよくなっちゃうよ・・・」
八重の身体の隅々まで知り尽くしている京介には、八重を落とすなど簡単なことだった。
コリコリと硬くなった乳首をいつまでも指の先で摘まれ、八重は、見る間にあそこが潤んでいくのがわかった。
こんなときに、欲しがるなんて・・。
いや、こんなときだからこそ不安を忘れたくて京介を欲しがるのかもしれない。
京介の膨らんだ股間に手を伸ばしていた。
山のように盛り上がった膨らみを手のひらに知ってしまったら、そこからはもう、欲しくてならなかった。
「欲しいよ・・京ちゃん、欲しいよ・・・怖いの忘れさせて・・・言うことを聞くから、怖いのを忘れさせて・・・」
甘えるように唇を寄せていき、哀願してみる。
乳房を遊んでいた手が下りてきて、スカートの中に潜り込んだ。
八重は、はしたなく自ら足を開いて受け入れた。
躊躇いもなくショーツを下げられ、濡れた秘裂に指が埋められる。
「あっ・・・いや・・・そんな意地悪しちゃ、いや・・・」
埋めた指は面白がるように一番敏感な突起をゆるゆると撫でつづけるだけだった。
「いつまでも、こうして俺に可愛がってもらいたいだろ?」
耳元で京介が囁く。
「うん・・・あっ!・・お願い、欲しいの・・・今すぐ欲しいの・・・」
淫らになっていくことで不安から逃れたかった。
「あとでたっぷりとやるよ。だから、今は我慢しな・・・」
「そんなの嫌・・今、欲しい・・・すぐ、欲しい・・・」
精一杯哀願してみたが無駄だった。
京介は、あきらめさせるように腕を抜いてしまうと、濡れた指先を備え付けのティッシュで拭ってしまった。
「じゃあ、行こうか。」
すぐにエンジンに火を入れる。
「でも、あんまり乱暴にしないでね・・・二人いるんだから・・・」
下着を整えながら言った。
「わかって・・・・!えっ!?ふたりっ!?」
京介が慌てて振り返る。
「そう、双子なの・・・」
八重は不安そうな目で、京介を見つめていた。
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