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近親相姦 官能小説

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投稿者:コウジ
上本佐知子の夫の交通事故死については、警察も事故そのものの事象は、国道を走って
くる大型トラックの前に、ふらふらと酩酊状態で飛び出してきた彼女の夫との出会い頭の
事故と判断したようですが、事故死した人物が四年もの間、失踪していたことに少し疑念
を持っているとのことのようでした。
 加害者側の運送会社と被害者との直接的な繋がりもなく、むしろその会社は出会い頭の
事故後も、彼女の住むアパートまで役員の人間が来てくれたりして、今後の補償について
も誠意を持って対応してくれるという言質を残して帰ったとのことで、不幸な出来事の中
でかすかに安堵させられることになっているようでした。
 しかし、上本佐知子にすれば四年もの間、理由も一切わからないまま家族を捨て失踪さ
れていて、その結末が知らない街の警察からの死亡通達では、どこへもやり場のない虚無
感に囚われるのは当然のことでした。
 「…私と娘のこ四年間というのは、一体何だったのでしょうね?」
 茫然自失とした目を箪笥の上の小さな遺影に向けて、独り言のように力なく呟く上本佐
知子の、少しやつれたような蒼白なだけの顔に、僕は情けなくもかける言葉を何一つ探せ
ずにいました。
 「すみません、何もお力になってあげられない自分が、ひどくもどかしいです」
 まるで弁明口調のように、そういうのがやっとの僕でした。
 「いえ、そんなことないです。…まだほとんど何も知らない私のために、こうして駆け
つけてくれましたこと、ほんとに嬉しく、ありがたく思ってます」
 「僕は何もあなたのお力になっていないのを、ほんとに歯がゆく思ってます。でも、偶
然の出会いとはいえ、こうして知り合えたのは何かの縁かも知れません。これからのこと
で、また何かお悩みのことがあったら、いつでも連絡してください」
 「ありがとうございます。そういっていただけるだけで、もう充分ですわ」
 ふと目に入った柱時計を見ると、十時をかなり過ぎている刻限でした。
 僕のそんな目の動きや表情を見て、
 「本当に今日はありがとうございました…」
 彼女は少し乱れ加減になっていた喪服の裾を手で直し、改まったように正座の姿勢をとり、
前に両手をついて、僕のほうに深々と頭を下げてきました。
 去り難い思いを胸に隠して僕は立ち上がり、居間から玄関に続く短い廊下に出た時でした。
 僕と同時に立ち上がった上本佐知子が、僕の背中に唐突にぶつかるようにしてしがみつい
てきたのです。
 「お願いっ…帰らないでっ」
 驚いて振り返った僕の背広の両腕を、彼女が強い力で掴み取ってきていました。
 かたちよく丸く束ねた彼女の髪が、僕の顎のあたりに接し、仄かに甘い美臭が鼻先に漂い
ました。
 目を下げると、彼女の喪服の後ろ襟からかすかに覗き見える、白い背中と何本かの髪が乱
れ散ったようなうなじが、もの哀しい妖艶さが滲み出ているように見え、思わず僕はどきり
とした気持ちになっていました。
 「う、上本さん…」
 僕の胸に顔を埋め、背広の腕を強く掴み取ったまま、動こうとしない彼女に、僕は明らか
に動揺を露呈したような上ずった声で名前を呼ぶと、陶磁器のように蒼白な顔が静かに上を
向いてきました。
 今にもまた泣き出しそうなくらいに、憂いを深く湛えた、澄んだ瞳を不安げに揺らせなが
ら僕を見つめてきていました。
 思い詰めたような表情で見上げてきた彼女の顔と僕の顔の距離は、互いに吐く息の音が聞
こえそうなくらいの近さでした。
 まだ蒼白なままの彼女の細面の顔が、かすかに上に向けて突き上がり、同時に切れ長の目
が静かに閉じられるのが見えました。
 控えめな薄赤色のルージュを引いた彼女のかたちのいい唇が、僕の顔の間近まで迫ってき
ていました。
 自然に僕の顔が彼女の顔の前に沈み、そのまま唇に唇を静かに重ねていました。
 薄い照明の廊下で、僕は彼女の喪服の肩に手を置いていた手を、抱き竦めるように背中に
廻し、重ねた唇の中で舌を少し遠慮気味に柔らかく差し入れると、彼女の歯の間から滑らか
な舌先が、かすかに戸惑うような動きで僕の舌に絡みついてきました。
 僕の両腕を掴んでいた彼女の手も恐る恐るとした動きで、僕の背中に廻ってきていました。
 口の中で彼女の滑らかな舌を捉えたことで、理性のそれほど強靭ではない僕は、一気に自
制心の歯止めを失くし、それからうえた狼が餌を貪り食うように、顔を強く押しつけ荒々し
く彼女の唇を、それこそ貪り吸いました。
 つい思わず抱き竦めた上本佐知子から漂う、女として妖艶過ぎるくらいの匂いと、黒い喪
服に合わせたかのような控えめな化粧でも、美しさの際立つ憂いのある顔に、僕の脆弱な理
性は瞬く間に崩壊の憂き目にあってしまっていました。
 唇と口の中への僕の激しい愛撫に、彼女は短い呻き声を何度も洩らしながら、背中に廻し
た手の力を緩めてくることはありませんでした。
 着物姿の女性との抱擁の体験は、これが初めての僕でした。
 そんな戸惑いを隠せないまま、彼女の肩の上から背中に廻した手を、僕は不得要領な動き
で上下に組み換えたりして長く抱き締めていました。
 最初は廊下の壁を背にしていたのは僕でしたが、もつれ合うように抱き合っている内に、
いつの間にか逆になっていました。
 長く重ねていた唇から唇を離し、彼女の耳朶から仄かな朱に染まりだしている細い首筋に
かけてに、息を吹きかけるようにして舌を這わしてやると、
 「ああっ…」
 という情感の籠った喘ぎ声が、僕の耳に心地よい響きで聞こえてきました。
 官能的なその熱い声と同時に、背中に廻っていた彼女の両腕が、僕の首のあたりに強く巻
きつけられてきました。
 闇雲に彼女の喪服の背中に手を這わせていた僕でしたが、もう身体と気持ちの昂まりを制
御できなくなってしまっていて、遮二無二、片方の手が焦れたような動きで、彼女の喪服の
帯の下に向かって下りていました。
 片方の腕で彼女の背中を抱き締めながら、深く折り重なっている喪服の前裾を、僕は強引
に割り開き、手の先を中にこじ入れました。
 「あっ…」
 幾枚かの布地を掻き分けて、僕の手の先が彼女の太腿のまるで柔らかい硝子の表面のよう
な滑らかな肌の感触を捉えた時、下半身を捩じらせるようにして、彼女が小さな驚きの声を
洩らしました。
 慌てたように閉じてきた彼女の太腿は、滑るという形容がすぐに思い浮かんだほどの艶や
かな感触でした。
 恥らうように全身を捩じらせていた彼女の全身が少し屈み加減になった時、驚いたことに
僕の指の先端に、ざらりとした繊毛の予期せぬ感触がありました。
 着物を着る女性は、下着を身につけないことがあることは薄々知ってはいましたが、いき
なり彼女のその部分に指が触れたことは、僕には少なからぬ衝撃でした。
 それはどうやら彼女も同じようで、予期していなかった驚きに慌てたように、丸い腰を後
ろに引いていました。
 「あっ…あぁ」
 激しい狼狽えを露わにしたような声を彼女は洩らし、か弱げに喪服の全身をしどけなく捩
じらせてきていました。
 喪服の前裾を割って強引に潜り込んだ僕の手の先が、彼女が身を捩じらせたはずみでか、
ざらりとした感触の茂みの中のもっと深い部分にまで達していました。
 その途端に、深く潜り込んでいた僕の指先が、ぬるりとした生温かい湿りのようなものを
感じたのです。
 あっ、と思わず声を出してしまいそうになるのを必死で堪え、僕は予期せぬ驚きを胸の中
にひた隠しました。
 清廉な身繕いとしとやかな身のこなしと清楚な顔立ちの際立つこの人も、やはり生身の女
性なのだという馬鹿みたいな感慨に、一瞬、僕は浸ってしまっていました。
 それでも生温かい湿りをはっきりと捉えた僕の指の先端は、さらに彼女の股間の奥深い部
分にまで潜り込み、ついには柔肉の裂け目にまで到達していました。
 「ああっ…」
 上本佐知子の女らしい反応が、一際激しくなるのがわかりました。
 折り曲げた中指の先に、繊毛とは明らかに違う滴り濡れた柔肉の感触を僕は実感しました。
 指先だけにだったしとやかな湿りが、しとどな潤みになって僕の掌全体を濡らしてきてい
ました。
 女としてのはしたなく淫らな反応の証しを、男の僕に知られたはずの上本佐知子でしたが、
不思議なことに彼女のほうから、この羞恥から逃れようとする気配がまるで感じられないこ
とに、僕は心の中で少し意外な気がしていました。
 理性心や貞操観念は僕とは比較にならないくらいに持ち合わせているはずの彼女が、女性
として最も恥ずかしい箇所への、僕の強引で狡猾な指の愛撫に、身を捩じらせるだけの動き
で容認してきているのでした。
 そのことを僕は、彼女の自分への一つの意思表示と都合よく解釈し、さらに滴りの激しい
肉の裂け目の奥へと指を深く押し入れていました。
 心地がいいとしかいいようのない感触で、彼女のその部分は僕の指をさらに、自らの奥深
いところへ誘うように柔らかく締め付けてきていて、浅薄な僕を有頂天な気持ちにしていま
した。
 このまま居間まで彼女を抱き抱えて、愚かにも興奮しきった僕は思いを遂げたいという不
遜な思いに駆られた時でした。
 その居間のほうから突然、
 「ママ…?」
 という子供の声が耳に飛び込んできて、僕の手が彼女の喪服の裾から素早く引き抜かれま
した。
 彼女のほうの驚きと動揺はもっと激しく、僕からすぐに離れ、慌てた素振りで身繕いを整
え、髪に手をやり、一呼吸おいて、
 「はぁい…里奈」
 と返事を返し、そのまま居間の戸を開けて中に入っていきました。
 箍を外されたような思いになった僕でしたが、子供がいることをすっかり忘れてしまって
いた自分を恥じ、すぐに冷静な気持ちになり、戸の閉められた居間に向かって、
 「すみません、僕はこれで失礼します。おやすみなさい」
 と挨拶の言葉だけいって、彼女の言葉を待つことなく早々に玄関を出ました…。
 中央線乗り場のホームにある、暖かい風除室の固い椅子に腰を下ろして、長い時間、僕は
上本佐知子との不可思議で浅からぬ経緯を、心の中で時にはときめいたり、ほろ苦く苦笑し
たりしながら思い起こしていました。
 やがて黒のコートに身を包んだ上本佐知子が、探しあぐねたような顔をして風除室の戸を
開けて入ってくるのが見えたので、
 「やぁ、すみません」
 と少し間の抜けたような声を出して、椅子から立ち上がりました。
 長い髪を揺らせて彼女は、はなから申し訳なさそうな表情を一杯にして人目も憚らず、頭
を深く下げてきて、
 「ほんとにご無理をお願いしてしまったようで、申し訳ありません」
 と呻くような声でいってきました。
 「あ、あぁ、いいんです。気になさらないでください。…出ましょう」
 中にいた数人の顔が、僕と彼女のほうに集中していたので、腕を掴んで一緒に外に出ました。
 定刻通り発車した列車の自由席の、乗客の比較的少ないところに並んで座っても、まだ上本
佐知子の表情は沈みがちでした。
 「…ほんとに、女一人ってだめですね。私、あなたにお電話したこと、今も後悔してます」
 電車が走り出して、車窓の外のネオンが目立つようになった頃に、襟を立てたままのコート
の中の首を小さく振りながら、上本佐知子は重い口をようやく開いてきました。
 「あなたには何の関係もないことなのに…」
 「上本さん、申し訳ないばかりをあまりくどくいわないでください。僕から申し入れてきた
ことなんだ」
 彼女よりは年下の僕でしたが、少し叱るような口調で言葉を返しました。
 この時、僕の頭の中に何の脈絡もなしに、家を出がけの時に、不安げな顔で抱きついてきた
義母の顔が、何故か思い浮かんでいました。
 そのことは当然ひた隠して、
 「あなたがしっかりしていないと、娘さんもきっと心配を大きくされますよ。他人の僕がい
うのも何ですが、ご主人の行方不明のことは、もういいんじゃないですかねぇ…。いい思い出
だけを残しておいたら」
 と柄にもないことを口にしていました。
 「…そうですわね。実は…私も、今日の遺品の受け取りで、主人のことはきっぱりと忘れよ
うと心には決めていたんです。あの人とは六年足らずの生活でしたけど、何も私はわかってい
なかったんですもの」
 「こんなこと僕がいうと生意気ですけど、男なんて…身勝手な動物ですからね」
 僕は少し自分をも揶揄するように、車窓に目を向けて呟くようにいいました。
 甲府の駅に着いた時にはすっかり夜の気配でした。
 タクシーで甲府警察まで行き、彼女だけが警察署の玄関を潜りました。
 中まで一緒に行ってほしそうだった彼女に僕は、警察からまたあらぬ詮索を受ける可能性が
あってもいけないからと諭して、タクシーの中で待機しました。
 一時間近く待って、彼女がバッグの他に紙袋を提げて俯いた表情で出てきました。
 「遺品っていっても、私が知っているのは腕時計だけでした。免許証の入ったお財布も変わ
っていて…。後は着替えや歯ブラシやシャツとか入ったバッグだけでした」
 駅に向かうタクシーの中で、上本佐知子はやはり落胆の色を濃くした表情で、寂しげに呟く
ようにいってきました。
 彼女のその言葉に僕は何一つ言葉を返せず、黙って聞き入れるだけでした。
 言い訳ではなく、どんな慰めの言葉をいっても、彼女の何年間もの間の苦悩や悲しみを払拭
することはできないと思いました。
 夜だったこともあり甲府の「こ」の字の雰囲気にも浸れないまま、とんぼ返りで下りの中央
線に乗り込み、僕と彼女は帰路につきました。
 駅弁と温かいお茶を買い込み、車内で二人で食べた頃には、彼女もそれまでのそれまでの落
胆の顔から一転していて、
 「来る時にいったでしょ?あなたにもいわれた通り、もう私の気持ちは吹っ切れました。…
それに明るくしていないと、あなたに嫌われそうだから」
 と予想外に弾んだ声でいいながら、屈託なさげに箸を動かせていました。
 それからの彼女は悲しさや寂しさの表情は一切見せることなく、当たり障りのない話にも綺
麗な歯並びを何度か見せて微笑んだりして、悲痛な本心をひた隠すかのように饒舌になってい
ました。
 「…そういえば、前に聞いていたあなたのお住まいの町内って、私、その時にはどういうわ
けか聞き流してしまったんですけど、以前に二度ほど行ったことあるんですよ」
 「あっ、そうなんですか?」
 「ええ、私の勤める老人ホームが、在宅介護の説明会でヘルパーの私まで駆り出されて、そ
この町内の集会所で、何人かのご婦人を集めてさせていただいたことがあるんです。その時に、
随分とお骨折りやお世話になった方がいて…確か町内会の婦人部の部長さんとかで、上品な奥
様でした」
 「…………」
 「説明会のビラ配りやら、司会までテキパキとやっていただいて。私もそういうお歳になっ
たらあの人のように慎ましやかで、それでいて気品のよさをひけらかそうとしない人になれた
らと、心密かに思ったものですから、すごく印象に残ってて…お茶を一緒に飲むことがあって、
ご自分からお歳を仰ったんですけど…とてもお若く見えて、私、驚きました」
 屈託のない笑みを随所に浮かべて、思い出すように話し出した彼女の言葉に、僕は返答も相
槌すらも打てずにいました。
 上本佐知子がほとんど憧憬に近い眼差しを宙に浮かべるようにして話している人物は、間違
いなく義母の亜紀子でした。
 何という巡り合わせなのか…僕は急に喉の渇きを覚え、残っていたお茶のペットボトルの蓋
を開け、深く飲み干しましていました。
 「どうかなさったの?」
 僕が俄かに落ち着きを失くした素振りを見て、彼女はすぐに顔を窺ってきました。
 「い、いや、何でもないです。ちょっと喉渇いちゃって…」
 とどうにか平静を取り繕って、気弱な笑みを返すのがやっとでした。
 上本佐知子にその時、その人物が自分の義理の母親ということが、何故か僕は正直に話すこ
とができませんでした。
 「あなたのご町内のことで、私、何かいけないことでもいったかしら?って思いました」
 「いや、僕はまだこの歳なんで、町内会のことなんかよく知らないもので…すみません。そ
うですか、そんなこととはいえ、やっぱり縁があったんですかね?僕たち」
 話を逸らせるつもりでいった言葉に、
 「そうかも知れないですね…」
 と彼女が妙にしんみりとした声で呟くように返してきました。
 後十分ほどで下車駅に着く頃になって、僕は急に思い出したように、
 「そういえば里奈ちゃんは?一人でお留守番ですか?」
 とさりげない口調で他意なく尋ねました。
 「今日は遅くなるかも知れないと思ったものですから、いつも学校で仲良くさせてもらって
るお友達のお家に泊まりに行ってます。宿題を一緒にするとかいって…」
 清楚な横顔を俄かに朱に染めながら上本佐知子の唐突な呟きの意味に、僕は少し動揺と戸
惑いをない混ぜた声で尋ねました。
 不埒にも先日の訪問時の彼女の妖艶な喪服姿が、僕の脳裏にはしたなく浮かび出ていました。
 「学校のお友達でいつも仲良くしていただいてるお家に、宿題を一緒にするとかいって泊ま
らせてもらってますの…」
 同じように朱に染まった顔を俯けたまま、彼女は少し気恥ずかしげな表情で応えてきました。
 上本佐知子の表情が微妙に揺らぐような感じに見えたことで、鈍感な僕はそこで初めて自分
の問いかけの愚かさに気づきました。
 子供のことを尋ねたのは、僕の当然の思いから出た言葉ですが、彼女にすると僕が暗に今か
ら家を訪ねてもいいか?という意思表示をしていると理解したのかも知れないのです。
 また過日の別れ際の、気恥ずかしいあたふたの出来事が、艶かしくフラッシュバックのよう
に僕の脳裏を過ぎりました。
 腕時計に目をやると、もう九時をかなり過ぎていました。
 「上本さん、生意気いうようですが、今夜はせめてご主人の遺品と一緒に夜を過ごしてやっ
てください。…形の上ではまだご夫婦なんですから」
 と僕にはまるで不似合いな言葉をいって、女としてのかすかながらの戸惑いを見せている彼
女に思いを伝えました。
 「はい…」
 彼女はそれまで俯けていた顔を上げ、僕の目をしっかりと見つめて、しっかりとした口調で
返事してきました。
 上本佐知子とは電車を降りたホームで、笑顔で握手して別れました。
 少しばかりの心残りがあったのは事実でしたが、彼女の口から思いもかけず義母の話題が出
たことで、自分自身の気持ちが吹っ切れたような感じになっていました。
 これからまた、彼女に会えることができるだろうか?とかすかな未練を抱きながら携帯を取
り出し、もう帰宅しているはずの妻の由美にかけると着信不能状態になっていました。
 風呂かな?と何気に思いながら自宅の固定電話にダイヤルすると、すぐに相手が出ました。
 義母でした。
 「もしもし、僕だけど、今中央線を降りたとこ。十時過ぎには帰れるけど、由美はいないの
?」
 そう聞いた僕に、義母の心配げな声がすぐに返ってきました。
 「それが、七時前にまた同僚の先生たちとお食事するって電話があったのだけど…」
 「うん、それがどうかしたの?」
 「いつもなら、そんな時でも九時には帰ってくるのに、まだ帰ってないの」
 「そうなんだ。僕も今、連絡入れたんだけど繋がらなくて。先生たちと話が弾んで盛り上が
ってるのかな?」
 「それならいいんだけど…。明日、学校あるのに」
 さすがに娘のことを気遣う母親の声でしたが、何かまだ気がかりなことがあるような感じだ
ったので、それを問い質すと、
 「…それが、九時前くらいにね、一緒に部活している先生から電話があったの。由美が担任
しているクラスの生徒さんのことで尋ねたいことがあるって。…それで、私、ご一緒させても
らっているんじゃないですか?って聞いたら、五時前に部活が終わって別れたって…」
 と不安げな口調で言葉を返してきました。
 「そう…急いで帰るようにする。ご飯は済ませてきたから」
 そういって携帯を切って、僕は小走りに乗り換えホームに向かいました。
 切迫感まではなかったのですが、由美の帰宅が遅くなっていることに、僕の心の中のどこか
に小さな不安の火がポッと灯ったような気がしていました…。


      続く


(筆者付記)
年末の仕事の多忙さに追われ、投稿が遅れていますことをお詫びします。
皆様からのご意見も謹んで拝読させていただいています。話の広げ過ぎ
というご指摘も心に刻みながら、まだもう少し続けたいと考えています
ので、よろしくお願いします。

      筆者   浩二

※元投稿はこちら >>
15/12/19 00:52 (oPIvqndM)
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