旅館の受付で記名する時、僕は苗字だけを偽名で書き、名前は実名に
しました。
何となくの思いつきで、沢木浩二と沢木加奈子と書くと、僕の片腕に
しがみつくようにして寄り添っていた加奈子に目を向け、ニヤリと笑っ
て小さく片目を瞑りました。
僕の腕を掴んでいた加奈子の手に力が入るのがわかり、つい今しがた
の駐車場での涙顔が嘘だったかのような、明るく悪戯っぽい笑顔を返し
てきていました。
旅館の宿泊室数は十室ほどと、小じんまりした規模のようで、今日の
泊り客は僕たちを含めて四組とのことでした。
五十代半ばくらいの顔も身体つきも丸い仲居に案内された室は、二階
の端の八畳間の小奇麗な和室でした。
「さっきフロントでね、今の仲居さんに、奥様、お荷物お持ちしまし
ょうか?っていわれたわ…」
仲居が去った後、加奈子は座卓の前でお茶の用意をしながら、はにか
んだような声でいってきたので、
「一応は夫婦として見られてるのかね…?」
と言葉を返してやると、
「何か…嬉しい」
と彼女は独り言のような呟きをこぼしました。
窓側の板間にある籐製の椅子に座って、暮れなずんだ外の景色目をや
りながら、加奈子離れた距離にいてもかすかに漂ってきてる彼女の女性
の匂いを感じ、浅薄な僕はもう気持ちも身体も、恥ずかしながらあらぬ
方向に浮わつかせていました。
実をいうと加奈子の車に乗り込んだ時から、彼女の全身から漂う若い
清やかな色香が、僕の鼻腔をずっと長く密かに刺激し続けていたのでし
た。
旅館の駐車場で加奈子の車から降り際に、柄にもない良心を翳し、彼
女との距離を遠ざけようと諭しに入った時の、僕の理性が室で二人きり
になってまだ間もないのに、脆く儚く消え去ろうとしていました。
それは加奈子のほうも同じだったようで、煎れたお茶を僕の前の丸い
テーブルに置くと、そのまま板間に座り込んできて手で手を握り締めて
きていました。
「もう、こんな日はこないと思っていたわ…」
籐椅子に座った僕の膝の上に顔を落として、自分の頬を添え当ててき
てきました。
「加奈子…」
腰を屈めて加奈子の顔に顔を近づけ、僕が声をかけると、
「はい…」
そう応えて彼女は物憂げな表情に、少し無理そうな笑顔を浮かべて静
かに顔を上げてきました。
俯けた僕の顔と見上げた加奈子の顔の距離がなくなり、彼女の吐く仄
温かい息が僕の頬に当たり、心地のいい化粧の匂いがまた僕の鼻腔を擽
ってきていました。
僕がさらに顔を沈めると、待っていたかのように加奈子の目がそっと
閉じられ、可愛い唇を小さく窄めてきました。
唇と唇が重なった時、加奈子の片腕が唐突に動いて、僕の首に強く巻
きついてきました。
重なった口の中で僕の舌が加奈子の舌をすぐに捉えました。
「う…うん」
僕の舌に従順に応えながら、加奈子が小さな鼻声を幾度か洩らし、首
に巻きつけてきた腕に一層力を込めてきていました。
椅子に座り身体を前に折り曲げた僕に、板間に座り込んだ加奈子は下
から顔を上げて抱きついてきていて、お互いがお互いの舌を確かめ合い
貪り合うようにして、そのまま上体を深く重ね合っていました。
熱い抱擁の流れは続き、それから数分後、僕と加奈子の身体は細長い
座卓の横の畳の上にありました。
二人ともすでにダウンジャケットを脱ぎ、加奈子は明るいピンク色に
薄青の太い横縞の入った、僕にも見覚えのあるざっくりとしたセーター
姿で、僕もブルゾンを脱いで畳の上で折り重なるようにして抱き合って
いました。
加奈子の可愛く柔らかい唇を、僕は飽くことなく貪り吸っていました。
加奈子の両腕が僕の首に、力を込めて巻きついてきていました。
同時に僕の片腕は加奈子のセーター越しに、彼女の胸の膨らみをまさ
ぐっていました。
細い身体とは少し不釣合いなくらいの、加奈子の豊かで弾力のある膨
らみが、妙な懐かしさのような感触を僕の手に伝えてきている感じがし
て、僕の身体の昂まりを強くしてきていました。
僕の顔の下で、加奈子の吐く息が荒くなり出してきていました。
「加奈子、ごめんね…」
「え…?」
「君の都合や気持ちも考えず、突然来ちゃって…」
「そんなこといわないで…私、とても嬉しいんです」
「加奈子のいう通り、僕は身勝手な男だ…」
「いいの…私も…ずっと、ずっと毎日あなたのことを思っていたの
…ほんとよ」
これ以上加奈子を抱いていると、僕の身体と気持ちに昂まり湧き上
がってきている欲情を制御しきれないまま、この場で一気に暴走して
しまいそうになるのを、僕はどうにか必死で堪え、自分のほうから彼
女から身体を離し、
「食事はこの室で頼んでおいたから、ゆっくりと美味しいもの食べ
てからにしよう。温泉も入りたいし…」
と笑顔で諭すようにいいました。
夕刻の五時を過ぎていて、窓の外はすっかり薄暮になり、雪景色が
灰色にくすみかけていました。
旅館の浴衣と羽織りに着替え、フロントに食事時間を尋ねると六時
過ぎというので、僕は機転を利かせて、フロントで見たパンフレット
にあった家族風呂に今から入れるか?と確認しました。
「今なら空いてるらしいよ、家族風呂。行こうか?」
電話を切って真正面に座っていた加奈子に目を向けそういうと、彼
女の愛らしい頬がポッと朱に染まり、嬉しそうに白い歯がこぼれ出て
いました。
一階の端の隣りが家族風呂になっていて、小じんまりとした脱衣場
で加奈子と二人で浴衣を脱ぎました。
加奈子は僕に背中を向け、やはり多少の恥じらいを見せながら、浴
衣を肩から落とし、赤紫色のブラジャーと揃いのショーツを、僕とは
それほど離れた位置ではないところで外し脱ぎ下ろしました。
染み一つない白い背中が露わになり、細くくびれた腰の下に丸くゴ
ム鞠のように張り詰めた尻肉が、薄青い蛍光灯の照明に眩しいくらい
に映えていました。
すらりとかたちよく伸びた足の先から、艶やかな光沢を放つ栗毛色
の髪のかかる肩のあたりまでの肌の白さに、僕のほうが気圧され浴衣
の腰紐を握ったまま、その場に立ち尽くしてしまっていたほどでした。
そういえばこんな風にして加奈子の眩しく若々しい裸身を見るのは、
僕は初めてのことで、あまりの清しさに思わず狼狽し、はっと我に返
り慌てた素振りでトランクスを脱ぎ下ろすと、下腹部の僕のものはも
う恥ずかしい反応を示してしまっていました。
幾つかの平たい石で丸く形どられた湯槽は、二人が身体を寄せ合っ
て入り、まだ少しばかりの余裕があるくらいの大きさでした。
少し暗めの照明で、先に湯に浸かっていたのは加奈子のほうで、今
更ながらでしたが、タオルで硬直した下腹部を隠すようにして湯槽に
浸かると、ほんわりと漂う湯気を割るようにして、すぐに彼女の肩が
僕の肩に接してきました。
「幸せ…」
湯の中で僕の腕を掴み取ってきて、甘えるような素振りで頭を僕の
肩にもたげながら、若い子らしくないしみじみとした声でいってきま
した。
「あ…あん」
僕の手が湯の中で加奈子の乳房に触れると、彼女は小さな喘ぎ声を
洩らし、
「抱いて…」
とそう続け、また僕の首に腕を巻きつけてきて、自分のほうから唇
を重ねてきました。
ラジウム温泉の湯の滑りだけではない、加奈子の乳房の滑らかな肌
触りと、心地のいい弾力を手にしっかりと感じながら、僕は彼女の舌
を長く堪能しました。
やがて僕の手は温かな湯の中で、加奈子の乳房から下に這い下り、
彼女の下腹部の茂みの感触を捉えていました。
「ああっ…こ、浩二さん」
湯の中の繊毛をなぞられただけで、加奈子は僕から唇を離し、頤を
のけ反らせるようにして、熱く極まった高い声を洩らしていました。
「はぅっ…ああ…だ、だめっ…そこ」
茂みの奥の襞を割り、加奈子のぬるりとした柔肉に僕の指先が到達
すると、彼女は手で僕の両肩を押すようにしてきて、口を半開きにし
て艶かしい声を上げてきました。
そうしてまた加奈子は僕の唇を激しく求めてきて、首に巻き戻した
腕に尚一層の力を込めて抱きついてきていました。
加奈子の下腹部の柔肉の中に、僕の中指の第一関節あたりまでが埋
まり込むと、
「だ、だめっ…も、もう…浩二さんっ」
と彼女の喘ぎ声はさらに大きくなり、湯の中で身を激しく捩じらせ
ていました。
石作りの湯槽の際に、人一人が座れるくらいの平たいスペースがあ
りました。
湯に浸かったままの僕の愛撫に堪え切れなくなり、極まり近い表情
にまで陥った加奈子を僕は一旦離してやり、湯の温もりにものぼせ上
がりそうになっていた彼女を抱き抱えるようにして、その平たいスペ
ースに座らせました。
加奈子の顔も白い裸身も、僕の愛撫と湯の温もりで濃い朱色に染ま
り柔らかな湯気を立てていました。
「少し涼まないとね、加奈子」
僕は加奈子の前に立ち、朱に染まった肩に手を置き、軽い笑みを見
せ、冗談めいた口調で声をかけました。
湯水が弾け飛ぶような加奈子の艶やかな肌は、一旦は萎みかけた僕
の下腹部のものに、また新たな活力を注いできていました。
加奈子が座っていたスペースに僕が座り、彼女がまた湯槽に身を沈
めたのはそれからすぐでした。
両足を拡げて座った僕の足の間に加奈子が前向きに座り、彼女の顔
のすぐ前に僕の股間がありました。
何を僕が望んでいるのかは、股間の茂みから突き立っている僕自身
の屹立が、加奈子に気持ちに伝えていました。
加奈子の顔が僕のその屹立に、小さな湯音を立てて近づいてきてい
て、湯の中にあった彼女の手が僕のそのものに、また湯音を小さく立
てて添え当てられました。
加奈子はほとんど躊躇うことなく、そのまま僕のものを口の中深く
に含み入れました。
湯と汗に濡れた加奈子の朱に染まった顔が、屹立した僕のものを機
軸にしてゆっくりと上下に動き出していました。
それほどの体験はないと思われる加奈子でしたが、僕のものをいと
おしげに口の中に含み入れ、唇だけを強く塞ぎ、歯を立てないように
丹念に思いを込めての愛撫だというのが、されている僕にもしっかり
と伝わってくる感じがありました。
時折、僕のものを口から離し、その下の睾丸のあたりから先端まで
を舌を這わせるようにしての愛撫には、かすかな驚きも感じましたが、
それ以上の心地のよさに僕は屈し、昂まりはさらに増幅するばかりで
した。
僕はついに我慢に堪えかねてその場に立ち上がり、加奈子を湯槽か
ら掴み上げるようにして立たせて、彼女の身体を前屈みにさせ、僕が
座っていた平たい石に両手をつかせ、尻肉を僕の股間の前に差し出さ
せました。
加奈子は僕にされるがままで、躊躇いや抗いの素振りは何一つ見せ
ることはありませんでした。
湯玉を湛えた加奈子の白くて丸い尻肉が、浴室の薄赤い照明に妖し
げに映えわたっていました。
加奈子の背後から僕は固くいきり立ったものを、一気に突き立てま
した。
「ああっ…いいっ…すごいっ」
石に両手をついたままの加奈子の濡れた髪の毛が、激しく左右にう
ち震えるのが見えました。
加奈子のその部分は、あの義母との時の狭窄感に似た感じの、心地
のいい締め付けが僕の屹立全体を強く包み込んできていました。
「ああっ…浩二さんっ…すごいっ…すごいわっ」
加奈子の部分に突き立てて、ゆっくりと腰を動かせ始めると、彼女
の声はさらに大きく高くなり、それほど広くはない浴室に強く響きわ
たりました。
「ああっ…き、気持ちいいっ…浩二さん…ほ、ほんとよ」
と喘ぎながら加奈子は、濡れた髪の毛を激しく振り乱し、僕の腰の
律動に呼応するかのように、幾度となく熱い声を上げ続けました。
「お、お願いっ…浩二さん。…な、中に出してっ」
加奈子が昂まりを露わにした顔を精一杯後ろに向けてきて、唐突に
そういったのは、長いつらぬきが続き、極まりが近づきだした頃でし
た。
「加奈子…」
加奈子の言葉に少なからず動揺した僕は、名前を呼ぶだけがやっと
でしたが、
「いいの…今日はいいの、安全日だから。あなたのものを中に欲し
いのっ」
加奈子の思い詰めたような声に、またしばらく声を失った僕ですが、
下腹部への熱くなった血流の集合は、僕にも確実にきていて、彼女の
言葉を鵜呑みにする気持ちになりかけていました。
「ああっ…こ、浩二さんっ、きてっ…わ、私…もう」
加奈子のその声が引き金のようになり、我慢の限界にきていた僕は、
彼女の尻肉を強く掴み締め、
「か、加奈子っ…逝くぞっ」
と低い咆哮の声を上げて、同時に僕は最後の一撃を強く突き立て、
そのまま初めて加奈子の体内深くに、滾る迸りを放出したのでした。
「ああっ…浩二さんっ…好きぃっ」
身体を支えていた加奈子の腕が折れ、平たい石の上に頬を突き当て
るようにして、彼女も一際高い喘ぎの声を上げていたのを、僕はどう
にかという思いで耳にしました。
加奈子の背中に覆い被さるようにして、湯の温もりのせいもあって
か、僕はしばらくの間、動けないくらいになっていました。
そして二人共に、ほとんど身体を洗うこともないまま、顔を真っ赤
にして家族風呂を出たのでした。
室に戻るとすでに座卓の上には、豪勢な料理が並び置かれていました。
加奈子が仲居と何かを楽しげに話している時、まだ家族風呂の熱気が
覚めやらない僕は板間の籐椅子に腰をどっかりと沈め落として、暗くな
った外に目を見るともなしに向けていました。
茫洋とした意識の中で、窓のガラスに唐突に浮かび出たのは、何故か
夕刻の時の駐車場の車の中で見た、加奈子の哀しげな涙顔でした…。
続く
※元投稿はこちら >>