トゥルルルルル…
《5番ホームより○○方面××行きの列車が発車いたします》
翌日、僕は大学へと帰る駅のホームに立っていた。あの後叔父さんは何も言わずに僕の頭を撫でた。昔、僕が転んで泣いていた時と同じ様に。もしかしたら叔父さん達には僕の心の中が解っていたのかもしれない。
「チイ兄、本当に帰っちゃうの?寂しいな…」
叔父さん達の代わりに香流達が見送りに来てくれた。二人ともデニムのジャケットにミニ丈のフレアスカートと、服装こそ派手目のままだが、ナチュラルメイクで、香流にいたっては髪を黒くしていた。
『ああ、これ以上欠席するとマジに留年しちゃうからな』
「チェッ、情けないなぁ」
左右に陣取った二人の笑顔はこの上なく明るかった。
「何なら…さ、このままアタシ達を拉致ってくれてもイイんだけど?」
香流が嘘とも本音ともつかない冗談を言う。
『駄目だよ、そんな事したら今度は本当に叔父さんに殺されちゃうよ』
見た目だけが変わったのでは無く、彼女達は本当に未来(夢)に進める様になったのだろう。
香流の【俺】から【アタシ】へと、少し女の子っぽい口調に変わり始めている事でも心境の変化が有ったのが判る。
向こうのホームへと続く高架橋の階段を上がると、先に進んでいる杏梨達のスカートの中が見えた。
香流は黒のレースで、杏梨はピンク色か。色は違うが、同じデザインのTバックだ。
階段を降りようとした瞬間、いきなり杏梨が叫ぶ。
覗いてたのがバレたのかな?
「あーっ、そうだ!チイ兄、ちょっと待ってて。香流、ホラ…行こう」
一瞬だけボケッとした顔の香流の手を掴み、向こうの階段へと消えていった。
目で追うと二人はトイレへの中へと入っていった様だ。
「ハハ…やっぱり女の子だな…」
妙に納得し、笑みが零れてしまった。
《まもなく3番ホームに○□方面行きの列車が参ります。白線の内側まで……》
アナウンスが聞こえてくる。僕が乗らなければいけない電車だ。まだ、杏梨達は帰ってこない。
「香流、早く!早くっ!!」
「ちょっと、待って!これじゃ走れないって」
階段の向こうから元気な声が聞こえてくる。
「ハァ…ハァ…ご免…チイ兄、お待たせ…」
「ハイ、これ私達からのお土産」
余程急いで走って来たのだろう、二人とも顔が赤い。少し息が荒く、何故か妙に色っぽい。
だが、差し出された袋はそこら辺のコンビニや売店では売ってない可愛いリボン付きの紙袋。てっきり饅頭でも買ってくるのかと思ってた。
『あ…有難う、中身は何?』
袋を開けようとすると、慌てて止める。
「まだ開けちゃ駄目ッ!私達の【愛情】たっぷり入ってるんだからね」
「そうそう。でも温かい内にどうぞ!」
頬をくっつける様にして笑う二人。
温かい内に…?という事は食べ物なのか?それにしては妙に軽いしクッキーにしては固くもない。
袋に気が行っていた僕は、その時杏梨の耳がピクピクと動いていたのに気付かなかった。
《2番線ホームに列車が通過いたします。白線の内側までお下がり下さい》
ファウーン
「きゃあッ!?」×2
列車が通過する際の突風でスカートの裾が捲れそうになるのを慌てて押さえる。何だか可愛いと思ってしまった。
「…見た?」
真っ赤な顔でジーっと僕を睨んでいる。
『いや、残念ながら…』
二人はホッとした様に胸を撫で下ろした。
トゥルルルルル…
僕が乗る列車の発車を促すベルが鳴る。慌ててタラップに駆け上がる。
「あ…あのねチイ兄、私達チイ兄が…」
プッシュゥ…
二人の台詞をドアが遮る、ガラスの向こうで動く唇は何を告げようとしていたのだろう?
席の網棚に荷物を載せ、窓を開ける。ゆっくりと動き出す、大学の有る街行きの列車。同じスピードで歩き出す香流達。
『さっき何て言ったんだぁ?』
「何でもないよ!また来いよな、チイ兄」
「きっとだよぉ」
あっという間に僕達の距離を拡げていく車輪。大きく手を振る二人の姿が小さくなっていく。
「行っちゃたね…」
「うん…でもチイ兄なら大丈夫だよ、きっと…」
互いの手を握り、支え合う様に抱き合った。
フウ…。
ため息を吐き、車窓から流れ消えていく景色を眺める。来る時にはあまり気にしていなかったが、幾分か山の色が赤みを増している。
「ここにも未来に向かって時間が流れているんだな…」
そんな事を呟きながら、僕は杏梨達の事を考えていた。きっと二人は立ち直ってくれたに違いない。これからは自分達の未来(夢)に向かい進んでいくのだろう。僕も時間は流れている。だから未来に向かって進んでいける筈だ。いや、進むんだ。今度二人に会った時にとびっきりの僕を見せられる様に…。
ーエピローグー
ガタン!
カサッ…
車両が揺れた瞬間、網棚から何かが落ちてきた。
別れ際に杏梨達がくれた【お土産】の紙袋…。軽いので頭に当たっても痛くない。
『そういえば「温かい内にどうぞ」って言ってたっけ、一体何を…』
ガサッ
紙袋のシールを剥がし、中身を取り出す。
『うわあっ!?』
慌てて紙袋から出てきた物を隠す。突然大声を上げた僕を周りの乗客が怪訝そうな顔で見詰めている。
『す…スミマセン…』
周りに見えない様に背中で隠しながら壁に向かってもう一度中身を取り出す。
『あ…アイツ等何て物を…』
袋の中身それは女性物のショーツだった。しかも何気に温かい上にこのデザインは見覚えが有る…。
ああっ!?確かさっき階段で見た…。という事はこれはさっきまで穿いてたやつで、今の二人はノー…?
思わずまた叫び声をあげそうになる口を抑えようと手を口元に持っていくと当然だがショーツまでついてきた。
あ…香流と杏梨の匂いがする。…じゃなくて、あの悪戯娘達め…。怒りながらも顔は微笑んでいる僕がいた。
ショーツを袋に戻そうとした時、まだ何かが入っているのに気が付いた。
それはアッカンベーやVサインを決めた香流・杏梨の二人が胸を露わにしたツーショットのプリクラだった。
そしてそのプリクラには可愛い従姉妹達からのメッセージが綴られていた。
【頑張れ!チイ兄。大好きだよ!!】と…。
-END-
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