その後も、寿美子は真一に寺田の話をする事が出来ずにいた。
話した処で、寺田と結婚する気も無いし、真一が許してくれるとも思えなか
ったからだ。
寺田には、様子を見て話せば良いと考えた。
「寿美ちゃん、そろそろこの間の返事、聞かせてくれないかな?」
寺田が業を煮やして、返事を催促して来た。
「五郎さん・・、その件なんだけど、やっぱりお断りするわ。」
「おいおい、本当かよ、何で? 真ちゃんか? 真ちゃんが良い返事しない
んだな?」
「違うの、あの子じゃないの、私自身の事だから、真ちゃんは関係ないか
ら・・。」
寿美子は、そう言って真一には関係ないと強調した事が、かえって寺田には
反対の様に伝わった。
(そうか、やっぱり真一が良い返事をしないんだな。よし、攻略相手は真一
と言う訳だな?)
寺田は、寿美子の思惑とは別の事を考えていた。
「俺は諦めた訳じゃないからね、寿美ちゃんには、そう言っておくよ。」
寿美子は、一先ずこの件は終わった様に自分では思ったのだが・・・。
「ありがとうございました。」
給油を終えたお客を送り出した真一は、時計を眺めた。
そろそろ仕事が終える時間だった。
汚れたウエスをかたづけていると、車が一台入って来た。
「いらっしゃいませ」
真一が大きな声で挨拶をすると、
「ヨオ! 真ちゃん、レギュラー満タンで頼むわ。」
そう声を掛けたのは、店の常連で、先日寿美子と一緒だった寺田だった。
「寺田さん・・。」
「真ちゃん、もう終わりだろう? チョッと俺と付き合ってくれないか
な?」
真一は寺田の誘いに思い当たらない。
「俺ですか?」
「そうだ、真ちゃんと話しがしたくてね。いいだろう?」
真一も相手が母の大事な客でも有る。母が映画まで付き合った程の相手なの
だ。
無下に断るのも問題だろうと考えた。
「いいですよ、少し待ってくれますか?」
「いいとも! 終わるまで待つさ。」
寺田の言葉を受けながら、真一は、給油操作を始めていた。
寺田は真一を往きつけの飲み屋へ誘った。
「寿美ちゃんはもう店だろう、飯食っていけ、後で俺が寿美ちゃんに話して
おくよ。」
初めに寺田は、この後母の処に行く様な事を言った。
「この間は悪かったな、お母さん遅くまで借りちゃって?」
「いえ、母も喜んでいましたから・・。」
それは嘘だったが、こう言っておいた方が、母には都合が良いだろうと思っ
たのだ。
「だろう、そうだよな、それでだな・・、こう言えば、もう真ちゃんにも判
るだろう?」
真一には、正直何の事か判らなかった。寿美子が何も言っていないのだか
ら。
「何の事ですか?」
「寿美ちゃんの事だよ、寿美ちゃんと俺の事、お母さんから聞いているだろ
う?」
「母との事って・・? 何ですか?」
寺田は真一からの意外な言葉に面食らった。
<影法師>
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