「何を考えているの?」
「真一、私の事好き?」
「―何でそんな事聞くの?」
「毎日でも聞いていたいの、もう私には真一だけだもの。」
「―好きだよ、大好きさ。」
寿美子は、ジッと真一の顔を眺めていた。
この愛しく、切ない思いを、如何すれば上手く表現出来るのだろうか?
それが出来ない事に、寿美子は無性に腹立たしい思いだった。
「真一、母さんを愛して・・・お願い。」
今自分達に有るのはこの時間なのだ、幾ら愛し合っても、愛いし足りる事は
無い、それが自分達だと思えた。
寿美子の中で、今までと大きく変わった事が有る。
それは今二人の間に欠かす事の出来ないもの・・・、即ちセックスである。
真一と生きる事を決めた寿美子は、真一の愛に応える意味でも、自分の全て
を捧げる気持ちになった。それは即ち、己の肉体の全てであり、心でもあっ
た。
長く連れ添った夫の事は忘れ、その熟れた肉体の全てを真一に捧げる事にし
た。
ここに越して来た夜、寿美子は真一と名ばかりの初夜を迎えた。
「今夜、彼方に、私の初めてをあげる、私が彼方にあげられるただひとつの
ものよ。」
さほど豪華でも無い蒲団の中で、寿美子は真一にそう話した。
「母さんの・・ここはまだ処女だから、真一に破って欲しい・・。」
両手を付き、四つん這いになった寿美子が、恥ずかしそうに言った。
「母さん、そんな事良いよ、そんな無理しなくても良いから・・。」
「いや、母さん、真一に貰って欲しいの、お願い・・お願いだから・・今
夜、母さんを真一のものにして・・。」
真一は母寿美子を抱きしめた。
「母さん!」
「真ちゃん、私、真ちゃんが大好きよ。」
真一は、母のその気持ちを受け取るつもりだった。
自分達が、この試練を乗り越えることで、必ずや幸せになれるのだと信じ
て。
以来、二人の絆はより深く結びついた。
この夜、久しぶりに二人は2度愛し合った。
「寿美ちゃん、今度映画でも観に行かないか?」
常連客の一人、寺田五郎がビールを手酌で飲んでいた。
「私ですか? もう、からかわないで下さいよ。」
寿美子は、てっきり冗談だと思った。
「おいおい、冗談なんかじゃないよ、俺は本気さ。ほれ、これだよ。」
寺田はポケットからチケットを出して、寿美子に見せる。
「今度の日曜だけど、頼むよ。」
寿美子は戸惑っていた。
お腹に子供がいる事は、常連の誰もが知っている事で、その父親は別れた夫
と言う事になっていた。寿美子は現在独身で、息子の真一と暮らしている事
になっていた。
真一との事は秘匿している事だ。子供の父親真一である事も。
「俺の気持、寿美ちゃんも気づいているだろう?」
照れくさそうに寺田が言った。
「そんな、私なんか五郎さんの相手に何かなりませんよ。もったいなく
て。」
体の言い断り方で、寿美子は交した。
「そんな言い方ずるいな、映画だけで良いから・・頼むって。」
寺田は悪い人間では無い。得意客の一人でも有る。本人が映画だけでもと言
う。
寿美子は、
「それじゃ、真一に聞いてから・・それでいいですか?」
そう答えたのだった。
「おお、いいとも、俺も後で真ちゃんに頼んで置くかな。」
寿美子は黙って寺田の言葉を聞いていた。
真一に聞くと言う事は嘘では無い。
真一に許しを得なければならない事なのだ。
寿美子は、全て真一のものだからだ。
その真一の許可なくして、他の男と付き合う事等出来ない。
寿美子と真一の関係を知られない為にも、万全の対策が必要だった。
<影法師>
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