<元気な様で、安心した。まさか引っ越し先を知らせて来るとは思わなかっ
た。お前達は、二人でひっそり暮らすつもりだと思っていたからだ。今更何
を言っても仕方の無い事だが、お前達の選んだ道だ、俺がとやかく言う事で
も無い。お前達の好きな様にすればいい?
子供は産むつもりなのだろうな?
お前の事だ、多分そうするのだろう。真一には頑張る様言ってくれ。もう会
う事も無いと思うが、お前は俺が選んだ女なんだから・・真一の目も間違っ
てはいないと言ってやってくれ。俺の事は心配するな。何とかやって行く
よ。それじゃ二人で頑張ってくれ。>
簡単な手紙だった。
中に、真一の事が書かれていた。
真一は父親に対し、本当に申し訳ないと思っている。
普通では考えられない事が父の身に起きた。父から言わせれば、
<何で俺がこんな目に逢わなければならないのだ・・俺が何か悪い事をした
のか?>
父親は多分そんな気持ちだったろう。
確かにそうだ、彼は決して悪くない。
運命の神様の気まぐれに、彼の妻子がそれに巻き込まれてしまったのだろ
う。
(父さん、ごめんよ、母さんは僕が必ず幸せにするよ。)
改めて、真一は父に誓うのだった。
寿美子が戻った時には、すでに奥の部屋で真一は眠っていた。
部屋を覗いて、その様子を確認すると、
(真一、ただいま。)
心の中で彼に帰宅の挨拶をすると同時に、愛しいそうにその寝顔を眺めた。
(この子と頑張るしかないもの・・。お腹の子も、生まれる事を望んでいる
わ。)
寿美子はそっとそのお腹に手を充てた。
すでに6カ月を過ぎていた。
少し目立つ様になって来たので、最近は人の話題にも上がる様になってい
た。
お店にはハッキリと話している。
訳あって結婚はしないが、その男の子供を産む事にしたと・・。
産み月になったら、仕事の方も休ませて貰える事になっていた。
問題は隣近所の方である。
母と息子の二人きりの家庭で、その母親が妊娠しているのだ。
寿美子は、ご近所の放送塔でもある矢島には特に気を使い、別れた夫の子と
言う事で押し通している。
真一も同じ様に、自分の周囲には弟が出来ると話していた。
だが、真相は違った。
寿美子のお腹の子の父親は、何を隠そう、その真一だ。
実は、寿美子と真一は許されぬ仲であった。
この関係は、世間一般では非難される事である。
その事で、真一に肩身の思いをさせるのは寿美子の本意ではない。
だから、産まれて来る子供は、あえて別れた夫の子と言う事にしたのだ。
その子が息子真一の子だと言う事は、二人が知っていれば良い事なのだ。
産まれて来る子には、その後機会を見て話せばよいと考えた。
(真一、頑張ろうね?)
寿美子は、そっと彼に語りかけると、寝る仕度を始めた。
<影法師>
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