父親の訪問を受けて、俊夫は直ぐに行動を起こした。
夫の口から喜美子はその事を告げられた。
口にこそ出さなかったものの、その時ばかりは夫の思いやりに感謝した。
当分は逢えないと諦めていた、その息子と逢えるのだ。しかも、暫くの間泊
ると言う。
この事を喜ばずにはいられない喜美子であった。
一緒に居られるなら、彼に抱いてもらう事も出来るのでは。
喜美子はそんな事まで考える自分が、なんといやらしい女だろうと思った。
それほどまでに、息子俊夫の存在は喜美子にとって愛しいものとなってい
た。
それなのに、二人の間に誕生した愛の証を、自分の保身の為に犠牲にしてし
まった。
それが喜美子にとって、俊夫に対する負い目に感じていた。
だからこそ喜美子は、息子俊夫の為ならば、その全てを捧げ尽くす覚悟が出
来上がっていた。
この機会に、その事を是非息子に伝えよう・・喜美子はそう考えた。
あの日以来、久しぶりの俊夫との再会であった。
来る事は判っていたものの、逢えば逢へたで気持ちは弾む。
だが、その思いを夫に悟られてはならない。
息子俊夫との事は、絶対に秘匿しなければならない。
二人だけでいる時とは違うのだ。
その点が、喜美子にとっては少々気が重かった。
「思ったより元気そうだね?」
「ごめんなさいね。お父さん、彼方の処に行ったみたいね。」
父親より一足早く、俊夫が先に顔を見せていた。
「如何? 身体の方?」
「もう大丈夫、病気じゃないんだから。」
「そう、なら良かった、正直チョッと心配だったんだ。」
喜美子の返事は俊夫の不安を一掃した。
「お父さんから聞いたけど、暫く居てくれるの?」
喜美子はそう聞かされていた様だ。
「うん、そのつもりで来たけどね。」
「そう、判ったわ。それじゃ食事も3人分用意しないとね。」
何となく喜美子は喜んでいる風に見える。
「そう言う訳で、よろしくお願いします。」
俊夫がおどけた感じでそう話すと、
「私の方こそ宜しく。」
喜美子はそう言って、俊夫に向かい微笑んだ。
夜は久しぶりに3人そろっての夕食であった。
父親は、俊夫が早速に頼みを聞いてくれたものだと思っている。
実の処は、母を妊娠させた事に対する俊夫の罪滅ぼしのつもりだ。
そんな事情を父親は知らない。
その為、あまりに感謝される事に、俊夫は少しばかり後ろめたい気持ちにな
っていた。
「俊夫、ちょっといい?」
俊夫の部屋の前で、喜美子が中に向かって声をかけた。
「母さん? いいよ。」
夜の9時を廻っていた。後は寝るだけと言う時間である。
俊夫のベッドに腰掛けると、
「如何する?」
喜美子がそう俊夫に尋ねた。
「如何するって・・?」
初め、俊夫は喜美子の聞いている意味が判らなかった。
「だから・・、今夜はいいの?」
「ああ、その事ね。今夜は止めておこうよ。機会はこれから幾らでもあるか
ら・・。」
「そう・・、判った。俊夫が良いなら・・。」
喜美子のその言葉が気になった。
「何? 喜美子はしたいの?」
俊夫は母を名前で呼んだ。
「久しぶりに逢ったから、如何かな・・て、思っただけ。」
それを喜美子は言いに来たようだ。
「今夜はヤバいと思うよ、父さんあまり飲んでなかったろう? 夜中に抜け
だしたりしたら、気づかれちゃうかも。」
「そうね、それはそうね。」
喜美子は何となく残念そうな言い方をすると、
「じゃ、戻るね。」
そう言って腰を上げた。
<影法師>
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