帰り際の母の姿が俊夫には忘れられなかった。
もう二人が離ればなれになる事など絶対に出来ないと、お互いが感じていた
筈なのだ。
なのに、一週間が過ぎた今も、母からは何も言ってはこない。
俊夫には信じられない事だった。
あの時の母が言った言葉、
「もう離れられない・・。」
あの言葉は一体何だったのか、俊夫は母の気持が知りたかった。
母の前で冷静で居られるかどうか、自信は無かった。
だから、出来れば実家に行く事は避けたかった。
だが、今となってはそんな事は言ってはいられない。
直に母の気持を確かめ無い事には、何も手に付かない状態であった。
俊夫の訪問に、驚いたのは喜美子も同じだった。
逢いたいと思っていた人が、目の前にいる。
しかし、絶対に逢ってはいけない人でもあった。
「母さん・・・。」
「俊夫。」
二人は見つめたまま動かない。
「誰か来たのか?」
奥から父親の声で、二人は呪縛から解放されたが、
「入って・・。」
そう言うのが喜美子には精一杯の様に思えた。
俊夫が何か言いたそうなのを無視したまま、二人は父親の前に向かった。
「俊夫・・如何したのか心配していたぞ、その調子じゃ大丈夫そうだな。母
さんも心配してお前の処に行ったのだからな。母さんに礼を言っておけ。」
二人の事を何も知らない父親は、そんな見当違いに話をしている。
当の二人が、複雑な思いで見つめあっているのも知らずに。
※元投稿はこちら >>