「そんな事は嘘だ、母さんは読んでいる、挟んであった印が無くなっている
もの・・。」
その事は、考えてもいなかった。
俊夫はページの間に印となる何かを挟んでいたらしい。
喜美子はそれに気が付かないまま、元に戻してしまったのだ。
「読んだよね・・、何でそんな事をするの・・。」
俊夫は、悲壮な表情を浮かべて喜美子をなじった。
喜美子は、これ以上否定する事は無理と感じ、
「御免なさい・・そんなつもりじゃなかったの・・。」
「それじゃ・・・母さんの事も・・。」
俊夫の声がそこでか細い声となった。
「ええ、初めにそこに目が行っちゃったの、そうじゃなかったら・・絶対に
読まなかったわ。」
「酷いじゃないか、人の日記を読むなんてあんまりじゃないか・・。」
俊夫はそう言って部屋を飛び出すと、そのまま家を出て行ってしまった。
俊夫が突然飛び出して行った事に驚いた父親が、
「如何した、何か有ったのか?」
そう喜美子に訊ねたが、結局急用で帰ったと言う事にして誤魔化した。
喜美子はその夜一睡も出来ぬまま朝を迎える事になる。
俊夫の気持を考えるととても眠れるものではなかった。
息子の抱えた悩みが、自分に有ったとは。
絶対に知られてはならない胸の内を、当の本人に知られてしまった。
それがどれほど彼を傷つける事になったか、喜美子には痛いほど判った。
そして、あの日を迎える。
このまま放置しては、絶対に良くないと喜美子は思った。
出来る事なら避けたい事柄だ。
だが、二人の中に有るわだかまりを除かなければ、息子との距離が開くばか
りとなる。
それだけは避けなければ・・それは母親である自分の役割なのでは・・。
そんな思いが、喜美子を俊夫の元に向かわせた。
腹を割って話し合おう。
そうすれば・・必ずや道は開けると喜美子はそう思ったのだが・・。
だが、喜美子は大事な事を一つだけ忘れていた。
それは・・あまりにも当たり前過ぎて、初めから喜美子の頭の中にも無かっ
た事だった。
母と息子が・・・一人の男と女になる事などは。
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