1-6 息子の尋問 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ただいま…」佐織は小声で玄関を開け、廊下手前の自分の部屋に入った。
玄関の開け閉めの音で、圭介は自分の帰宅に気付いているはずだと思った。
(メールでは優しい事を言っていたけど…顔を見たら…)と不安がよぎる。
問題のそのバックを自分の部屋のベッドの上に置き、意を決しリビングへ向かった。
廊下の突き当りがリビングである。
ドアを開けリビングに入り圭介の姿を探したが見当たらなかった。
「ただいまぁ・・・」佐織は小さな声で圭介を探した。
「おかえり・・・」圭介の声がキッチンから聞こえてきた。
キッチンに向かうと、開いた冷蔵庫のドアの陰に圭介がいた。
「何してるのぉ?」と声を掛けた。
「さっき母さんが買ってきた物、始末してんだぁ」圭介は顔を見せず答えた。
「ぁあ・・・ありがとう・・・」佐織は買い物をして帰宅したことを思い出した。
「お腹すかせちゃったね、すぐご飯作るから」そう言い圭介のいるキッチンに入った。
圭介は不自然に視線を合わせずリビングへ移動し、テレビを点けソファに横たわった。
その時間、二人に会話はなかった。
これまでも、いつもそうであったが今夜は空気感が明らかに違っていた。
佐織は圭介の様子を見た。
テレビにはいつもは見ないようなニュース番組が流れていた。
テーブルを挟み向い合っての食事。
不自然に目を合わさない二人は黙々と食事を進めた。
「あの・・・さ」味噌汁を飲み干した圭介が口火を切った。
佐織の箸が止まった。
「あのさ、一つだけ訊きたいことがあるんだ」
「・・・うん」佐織は(やっぱり、ほっといてはくれないのね・・・)と思いながら
小声で返事をした。
「あの男のことさ・・・」飲み干した味噌汁の器を見つめながら切り出した。
「・・・うん」
「あの男とは長いの?」
「・・・」佐織は未だ圭介の顔を見れず、俯いたままで拷問を受けていた。
「あの男・・・大丈夫なん?」今度はしっかり佐織の顔を見つめ問いただす。
「大丈夫って?」佐織も圭介と視線を合わせた。
「あんなビデオとか残して・・・心配でさ」圭介は神妙な顔つきで続けた。
「後々、脅迫とかされたりってこと・・・無いの?」
「うちは、ほら母さん未亡人で、父さんのお金とか有るしさ・・・」
「あぁ・・・そう言うこと・・・大丈夫、そこら辺はちゃんとしてる」
「ちゃんとって?」
「うん・・・えっとね、まず顔は映らないようにしてた・・・」
「それでビデオもカメラも写した物は私が管理してたの」
「彼、機械音痴だったしね・・・そういう約束で写したりしてたから・・・」
「本当に大丈夫なんかよ・・・」
「そこら辺のことは、私だってバカじゃないもん・・・それに彼はもう北海道に転勤して、
もうしばらく会ってない」
「それに私の携帯番号しか教えてないし、住所とかも誤魔化してるから」
「転勤で北海道・・・か」と圭介つぶやく。
「彼、奥さんも子供居る人だったからね、家庭を壊したくないと言うことで、 私も彼の
携帯番号しか知らないの」
「・・・不倫ってやつか」圭介は少し安堵した。
「そう、そして私にも、旦那と子供が居るってことにしてたから・・・」
「そっか・・・で、あのビデオとか写真、あの男も持ってんの?」
「自分の携帯で写した物は持ってるかも・・・でも私の素顔が写った物は無いよ」
「じゃ、ネットで晒されても大丈夫か・・・」
「そう言う人じゃないから大丈夫だよ・・・」佐織の緊張した顔が少し解け
口元から笑みが漏れた。
「・・・ったくぅ~・・・」圭介も話を聞き一安心したようだった。
「あのさっ!母さんまだ若いんだからしょうがないと思うけど、あぁいうのはもう辞めて
くれよ!」 圭介は呆れ顔で佐織を諭し始めた。
「あぁいうのって・・・?」
「どこで誰と遊ぼうが、男作ろうがどうでもいいけど、ビデオで撮ったりさぁ、脅される
種になるようなことするなってこと!」
「・・・ごめんなさい・・・」佐織はバツ悪そうな顔で照れくさそうに頷いた。
「・・・ったく、父さん怒ってるぞ!きっと・・・」
そう言い残して圭介は自分の部屋に去っていった。
尋問から開放された佐織はテーブルの上を片付けながら、
リビングに飾ってある写真の夫に目をやり、
「あなたが早く死んじゃうから悪いんじゃない!」と毒づいた。
今日の一連の事が無難な形で収まったことに佐織は安堵していた。
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