彼岸へ旅立つ前の祖母は、意識は完全に正常で、痴呆ではなくなり、私が
プレゼントした指輪をはめて、愛しいリン様との愛の証を、しっかりと感じ
取っていたのです。
74歳になってからも愛してくれ、オマンコを死ぬほどに虐めてくれた、
愛しい孫のリン様だけが頭の中にあり、他の事は何もなかったのだと思いま
す。
愛しいリン様は、自分の旅立ちには、きっと側に居てくれると思い、待ち
侘びていたであろう祖母の気持ちを思うと、胸が締め付けられ、痛恨の思い
でした。
祖母は5歳の私に初めてオマンコを経験させてくれ、12歳では射精を伴
っためくるめくのオマンコを経験させてくれた、オマンコのマエストロでも
ありました。
祖母と私は弩張した太いマラと、淫爛なオマンコをひたすらに求め合い、
全裸の体でねっとりと絡み合い、淫猥に口を吸い合い、そして終わりの見え
ない淫爛なオマンコの饗宴に身を任せ続けたのでした。
祖母が彼岸へ旅立った年齢に近づきつつある今でも、その艶めかしく淫ら
でいやらしく、しとどに濡め濡めのオマンコは記憶から消え去る事なく、鮮
烈な記憶で残っているのです。
余人には想像を絶する、祖母と孫の禁断のオマンコ、それに溺れ、そして
その秘め事を誰にも知られる事なく、淫爛なオマンコの中に収めて、彼女は
大切に彼岸へ持って行ったのです。
24年間にも亘って継続された、祖母と孫の禁断のオマンコが、ただの一
人にも気が付かれなかったのは、いつに祖母の配慮だったのでしょうか?
奇跡としか言いようがないのです。
思い起こしてみると、祖母春ほどに男のマラを引き付けるオマンコはそう
そうあるものではありません。
これまでに数十人の女とオマンコをしてきましたが、比べうるのは僅かに
一人、実の娘紗羅羅だけです。
めくるめくのオマンコ 祖母 春は永遠の女なのです。
祖母とのオマンコを思い起こしてみると・・・・
そのオマンコからは濡め濡めとしたほの甘い愛液が、際限もなく溢れ出て
来るのです。
私はその愛液を飲み、祖母は弩張してぱんぱんに張り切っている太いマラ
をしごいたり、咬んだりして愛撫するのです。
《リン様 辛抱できない 太いマラはめて オマンコに捻じり込んで》
その言葉が合図になり、太いマラをオマンコにはめ、執拗なオマンコが始
まったのです。
《あなた リン様 好き~ 愛してるのぅ~ オマンコいっぱい虐めて~
ん 太いマラでオマンコ虐めて欲しいのぅ~ オマンコの中は太いマラでい
っぱいよ~ ああ~ 好い~ どうしてこんなに好いのぅ~?》
《うう~ん おばあちゃんのオマンコは いつもきゅっつきゅっつと締め
付けてくるな~ それに淫らだよ~》
《わたしはすっかり淫らになってしまいましたわ~ リン様 あなたが淫
らにしたのですよ~ わたしのオマンコは孫にあなたの太いマラにすっかり
溺れてしまったの 太いマラいっぱい頂戴 そして死ぬほどに虐めて》
《おばあちゃん 愛してるよ お婆ちゃんの何もかも何処もかこも愛して
るのだからね この淫らなオマンコだけではないからね》
《ああ~ リン様 春は幸せです リン様のためならいつでも死んで見せ
ますからね わたしの全部があなたのものですからね ああ~ あなた~》
祖母は興奮の頂点に達し、激しい腰遣いで、急速にオルガズムに上り詰め
るのです。
私たちのオマンコが1回や2回では決して済まない事を、よ~く承知して
いるので、何度でもいこうとするのです。
前戯、オマンコ、後戯で1時間半ほど激しく犯し続けるのです。
祖母もそれに応えて、淫猥に腰をくねらせて、何度も何度もいくのです。
54歳の祖母を12歳の孫の私が、比を絶する淫爛な女に変えてしまい、
それから断続はあったものの、24年間も禁断のオマンコを続けたのです。
後ろから激しくオマンコを虐められて失神寸前になり、堪忍してと哀願し
ても赦さずに虐め続けるのです。
《リン様 だめっつ もう死ぬっつ 堪忍して 赦してください》
祖母はそう口走りながらも、決して堪忍して欲しくないのです。
そして私が赦してくれないのを承知しているものですから、狂ったように
なり、そして数え切れないほどのオルガズムの後に、イッテしまうのです。
祖母がオマンコの合間に口ずさんだ詩で、記憶に残っているのが数詩あり
ます。
ながからむ 心も知らず黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思う
朝寝髪 われはけずらじ 美わしき 君が手枕 触れてしものを
しるべせよ 跡なき浪に漕ぐ舟の 行方もしれず 八重の潮風
当時は何を詠んでいるのかが分からなかったのですが、何と美しい、そし
て深い想いを託した詩、祖母の教養の深さを改めて知るのです。
祖母の頭の中には、淫爛悦と苦悩、それらが混在してたのでしょう。
12歳の私には、理解を超えていました。
重ねて思い起こしてみると、引き揚げてきて、祖母とは6年ぶりの再会で
した。
容貌は以前と変わらず、その瑞々しさには驚かされました。
当時は祖母の年齢などは考えもしませんでしたが、強いて言えば、漠然と
35,6歳くらいかと思っていました。
後に逆算すると、54歳でした。
当時の54歳の女は、殆んどオマンコの対象外でした。
祖母は引き揚げてきた孫の私を、女の目で見ていたそうですが、挑発をし
ては見たものの、自ら誘うことが出来ずに困り果てていたのを、私が彼女の
寝ているところを襲うような形で、オマンコの仲になったのです。
彼女はその時を待ちかねていて、儀式を取り行うように、しっかりとフォ
ームを作り、祖母を捨てて、私の女になったのです。
祖母の若い肉体と、淫爛なオマンコは30代なのです。
再開後に1年間は、日を空けることなく連日連夜、狂うほどにオマンコと
マラで愛し合っていたのでした。
その後の、祖母と私にとって必然だったオマンコは24年間も継続したの
ですが、74歳の時でも50代の肉体とオマンコだったのです。
近親おまんこの女たちを思い起こしてみると、最も愛したのは、祖母春?
娘紗羅羅?なのです。
今でも祖母のオマンコを思い出しと、太いマラは最大級に弩張するので
す。
そして今でも時々は、女とのオマンコでも、心の中で
《おばあちゃん オマンコ イクッツ》 そう叫んでしまうのです。
再び祖母が現れたら、また淫爛なオマンコに溺れるでしょう。
過日の墓参りでもそうでした。
父母の記憶に先んじて、祖母の濡め濡めで、淫爛な深紅のオマンコが浮か
んでくるのです。
《愛しいリン様 あなた~ オマンコが切ないのぅ~ 春のおまんこ死ぬ
ほどに虐めてくださいましぃ~》
そう語りかけられているかのような、幻聴を覚えたのです。
繰り返し記します。 愛する祖母 春は永遠の女なのです。
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