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事務所の奥に 2階へと続く もうひとつのドアがある
そこはかつては 先代が住んでいた居住スペースになっていて
そこでお昼を取る従業員もいた
とはいえ 古くからの商品が
ところせましと並ぶ店内や倉庫と同じく
そこへと続く階段の端っこや 通路の脇にまでさえも
資料や伝票用紙などが積み重ねられて
とても住居とするには 快適性など皆無だった
あれから数日後…
事務所の中へと入ってきた かれは
狭い事務所をスイスイとすり抜けて
そのドアの向こうへと消えた
ごそごそと 階段のあたりで
なにかを探している気配がして
あたしは席を立ち そっと
階段の昇り口にある 電気のスイッチを押した
「なに 探してるの?」
わざわざのぞきに来た あたしに
かれは ちょっと遠慮がちに答えたけれど
あたしは 後ろ手にドアを閉め
そのまま 狭い階段を少し昇った
一緒に探し始めた あたしに
かれはしばらくの間 戸惑っていたけれど
「北野ねえ…」
小さく 囁くような声で…
それでも 確かに聴こえる距離で 耳許で…
かれは あたしの名を呼び
そっと 後ろから肩を抱いた…
あたしは 確信犯だった…
かれの手に触れた日 あの瞬間から
もう かれの事しか 考えてなかった
かれが欲しい… 止められなかった
それでも… 抱きしめられた瞬間に
あたしは 言葉も 呼吸も 失った
そのまま 無言で かれは
さらに あたしを抱き寄せて
そのまま 何も言わないで
あたしの首筋に くちびるを寄せた…
ただ それだけの行為に
あたしは思わず 吐息をこぼし
その腕のなかに 包まれたままで
かれの方へと 向きを変えた
狭く 薄暗く 埃っぽい…
そこがまるで ふたりだけの
秘密の場所であるかのように
かれの胸元に 頬を寄せ
鼓動の音を 確かめる
言葉はいらない…
胸の高鳴りだけが 真実だった
そして かれは くちづけた…
最初は軽く…
確かめるように くちびるを重ねて
二度目は少し あたしの下唇を挟むように…
そして 少し 視線を絡めて
あたしは 開いたくちびるに
かれの告白を 受け入れた…
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