階段を登りレストランに入ると、座席の半数程度が埋まっていたが、どこでも好きなテーブルにと案内された。窓際の向かい合わせに座る広いテーブルに席を確保した。
「ヒロくん、さっき晩御飯ご馳走になったって言ってたよね?」
槌
「気にしなくていいよ、お腹減ってればがっつり食べればいいし」
「ビール飲んでいい? 日本のビール飲み納めかな、日本食のレストランに行けば飲めるけど、高いの」
K子のためにサラダ、フレンチフライ、白身魚のグリル、グラスビールを、そして飲酒運転をする訳にはいかないためアップルタイザーとフライドチキンをオーダーした。
「ヒロくん、ごめんねわたしだけビールで」
「気にしなくていいよ、一緒に居れるだけで嬉しいから」
「わたしも今日会えて嬉しかった。ご飯食べたらホテルに来る?」
アパートを引き払い、近くのホテルでドイツへの出発まで過ごすと言っていたことを思い出した。K子と出会ったコンビニからも近くいアメリカ系のホテルは地域では異質に感じた。
「ホテルに行ったら狼になっちゃうけど」
紳士面はやめて野獣になろうと決めていたし、どのタイミングでK子に打ち明けるかを考えあぐねていた。それが思いも寄らずK子から誘ってくれたのだから断る理由は無いし、最後の一言は男から告げるべきだと紳士面を復活させることにした。
「K子のこと抱きたい。コンビニで見掛けてからずっと思ってたんだ」
「わたしもナンパされると感じてから覚悟してたよ」
飲み物が運ばれて来るとお互いのグラスを合わせ乾杯をした。
「K子との出会いとドイツでの未来に乾杯」
「ヒロくんの夢が叶うように乾杯」
「K子は何ヶ国語話せるの?」
「ドイツ語でしょ。あと英語は生活に困らないくらいは。あとイタリア語は勉強中。やっぱりオペラはイタリア語が必要なの。イタリア語をマスター出来ればフランス語もなんとかなるみたいだしね」
「凄いなぁ、英語だけでも苦労してるのに。コンプレックスは胸が大きいことだけ?」
「胸が大きいと頭悪いって思われるみたいなの。お客さんでもそう思う人がいたし」
「そうなんだ」
サラダや料理が運ばれる頃には隣のテーブルのグループが食事を終えて帰って行った。いちばん近いカップル客ともテーブルひとつ分空いているし、次に近い女性3人のグループも何を話しているかわからない程度の距離は保っていた。
「ドイツのビアグラスって見たことある?」
「白い陶器みたいなやつ?」
「ううん、そういうのはビアマグって言うの。グラスの下がブーツみたいな形してるの見たことない?」
「写真では見たことあるかな? 実物は無いなぁ」
「なんでブーツみたいな形か知ってる?」
「お洒落に見えるからじゃない?」
「確かに、それも理由かも知れないけど。本質的な理由があるみたいなの」
槌
「どんな理由? わからないよ」
「えええ、わからない?考えてみて」
「つま先のところに空気が入って味がまろやかになるのかな?」
「そうかも知れないけど、もっと精神的と言うかメンタル的な理由を考えてみて」
K子はなんでそんなにこだわるのだろうと思った。それに精神的な理由など思い付きもしなかった。
「降参、全然思い浮かばない」
K子の表情は言おうか言うまいか迷っているように伺えた。
「教えてくれよ」
槌
「あのね、うううん、どうしようかな、ちょっと恥ずかしい」
「大丈夫、笑わないから」
「やっぱりここじゃ恥ずかしい」
槌
「じゃあさあ、おれも恥ずかしいこと言えば、おあいこだよね」槌
「恥ずかしいことってなぁに?」
「さっき、コンビニの駐車場で車を降りた時に目が合って、微笑んでくれたって思ってたんだよ」槌
「恥ずかしいことじゃないじゃん、だってわたし微笑んだし」
「えっ本当? やっぱりそうだったんだ。じゃあね、東京タワーでキスした時、勃起しちゃった」
「本当に? なんか想像しちゃったの?」
「うん、K子にパイズリしてもってること考えたらね」
胸が大きいことがコンプレックスのはずのK子が嬉しそうな表情を見せてくれたことで、後でパイズリをしてもらえるだろうと確信した。そして、K子はこうした会話から言いづらい願望を引き出してくれているのだと感じた。何しろ帰国子女でマルチチンガルの槌才女であるのだから。
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