翌日。
昨日早々に仕事を切り上げた影響で、こなさなくてはならないタスクに1日追われていたリコは、モヤモヤした欲情やあの二人の淫らな光景を頭の外へ追いやることが出来た。
ふと気がつくと窓の外は夕闇が迫り、フロアには人影もまばらになってしまっていた。
「リコさん、ちょっと…」
あまりに集中していたため、突然声をかけられてビクッとなって振り返るとマユミが席の後ろに立っていた。
「あの資料のことでちょっと相談したくて…時間、いい?」
と言うとマユミはリコを会議室に連れていく。
会議室に入る際、部長の席の横を通ったが、今日は1日外回りらしく、きれいに片付けられていた。そのせいでリコは1日心を乱すことなく仕事に集中出来たのだが、通り過ぎる時にデスクの上にすっとマユミが指を触れたのを目の当たりにして急に心の中が不安になった。
(大丈夫、何も知られてないし、私も何も知っていないんだもん)
自分に言い聞かせ会議室に入る。
「リコさん、昨日あのトイレにいたわよね?」
会議室に入るなり振り向きざまにマユミから投げかけられた言葉に一瞬身体が硬直する。
しかし、リコは平静を装い、しらばっくれて答えた。
「え?あのトイレって??」
「私、リコさんが入って行くのを見たのよ」
「え?…う?」
見る見る顔が赤くなるのをリコ自身が感じていた。
「ほら、やっぱり」
「私…お腹痛くて…満室だったからあそこまで…」
混乱した頭の中で何とか言い訳を絞り出そうとしているリコを遮るようにマユミが言った。
「私たち、よくあそこで愛し合うの」
ああ…心臓が飛び出しそうになるほど速く脈打ち始める。
「昨日も部長に呼び出されて、あのトイレの近くで部長を待っていたの」
「あの…その…」
「いいのよ、リコさんが入っていた所に後から私たちがお邪魔したんだから、リコさんは何も悪くない」
いつもは何処か遠慮がちな話し方をするマユミだが、今はじっとリコを観察するように見つめて、しっかりとした口調でリコに有無を言わさないような雰囲気を醸し出している。
マユミは私に口止めをしたいのだ…そのために私を呼び出して…きっぱりと…
「あの…私…何も見なかったし聞かなかったから…安心して、マユミさん」
この場を早く終わらせたい一心でリコはマユミを安心させようとしたが、マユミは聞こえていないかのように話を続ける。
「私…リコさんに聞かれてるって思ったら凄く感じちゃった…」
「わざとリコさんに聞いて欲しいって思ってしてたの」
「私、いつもより締まりが良かったって、彼も素直に喜んでくれた」
マユミは何を言っているのか…私があのことを口外しないようにお願いすべき状況なのに、部長を平然と「彼」と呼び、何か自慢気に話すマユミに少しイライラさせられたが、部長にはバレていなかった様子に少しホッとしていた。
がそれはリコの大きな誤解に過ぎなかった。
「まさか、リコさんまであんなことするなんて思ってなかったけどね」
顔から血の気が引いていくリコの顔を…いたずらっ子のようにニヤついた表情のマユミが覗き込んだ。
つづく
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