「おはよう。」
「おはよう。」
大学で出会い、交際し、そして結婚してから6年間変わらない朝のやり取り。
「子供はまだいいか」と言い続けてからの6年でもある。
夜の営みがないのではなく、早織がもう少し仕事を続けたいと希望したことを誠一はすんなりと受け入れ「早織が欲しいと思ったら言ってくれ。」と彼女を尊重してきた。
早織としては有難いことではあるが、時々、誠一は本当は子供が欲しいのではないか?会社で上司や同僚から何か言われてやしないか?と心配になるが、その質問をすると何かが変わりそうでなかなか切り出せない。
誠一があまり自分の気持ちを他者に伝えるのが得意ではないことはわかっている。
そんな性格からきっとこれまでの人生で我慢することも多かったのではないだろうか。
「私にだけはワガママでいていいよ」と言ってあげたいが、早織はそれを伝えるタイミングを6年、大学時代を含めれば約10年逃し続けてきた。
彼女も彼女で間の悪い女なのだ。
「あ、早織、昨日言い忘れてたんだけど…。」
誠一はコーヒーを淹れながらそう発したが、数秒経ってもその続きの言葉が出てこない。
誠一はフィルターから落ちていく琥珀色の液体をボンヤリと眺めている。
「え?え……なに?」
早織はやや不安になりながら催促する。
「あ、ごめん、昨日言い忘れてたんだけど、今日澤井と飲みに行く約束してて帰りが少し遅くなる。」
「そっか、金曜日だしね、じゃあ私も友達とご飯食べに行こうかなぁ。」
「うん、そうしなよ。1人で家でご飯ってのも寂しいだろ。」
澤井は大学の同期で誠一と同じ会社に入社し、時々飲みに行ったり、旅行に出かけたりもする彼にとっては数少ない深い付き合いのある友人だ。
小太りな体型で女性ウケをするような容姿ではないが、飄々として明るく親切で憎めない性格をしており、早織はとても好感を持てっていて早くいいお嫁さんを貰って欲しいといつも思っている。
人付き合いが下手な誠一が今の会社で上手くやっていけているのも人間関係を円滑に纏めるのが得意な彼のおかげであるところが大きい。
「澤井くん、早くいい相手に出会えないかなぁ。」
「そうだなぁ……。」
誠一は相槌を打ちつつ腕を組んで首を傾げてから続けた。
「あいつ、自分の趣味に没頭しがちなとこがあるから、それ理解してくれる嫁さんじゃないと結構厳しいかもしれないよな。」
「そうかもしれないね。でも私はいい旦那さんになると思うんだ。それにいいお父さんにも……。」
そこまで言って早織はハッとして1度口を噤む。
「ま、今日はお互い楽しんでこようか。」
何かを察したのかそれともただ気にしていないだけなのか、誠一は微笑みながらそう言って話を締めた。
早織も一言「そうだね。」と言って微笑み返した。
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