仕事終り、愛梨は直哉に指定された小料理屋の暖簾を潜ると、すでにカウンターに直哉が座って待っていた。
専務が利用する小料理屋、高級料理店を想像していたが、カウンター席だけの小さな小料理屋だった。
「お待たせしました、専務」
「僕もさっき来たばかり、さぁ座って」
直哉に促され、隣に座る。
「じゃあ女将さん、お願いします」
「はい、かしこまりました」
お通しが出され、2人の前にグラスの入った枡が出される。
「愛……金森さんは、お酒大丈夫?」
「はい、専務、大丈夫です」
グラスに日本酒が注がれ、枡の中に溢れる。
「乾杯!」
「美味しい、私、日本酒って初めて飲みました。」
「それは良かった、さぁ食べて」
料理が順番に出されるが、どれも家庭の味と言うか、おふくろ料理だった。
「気取った店より、ここの方が落ち着くんだよ、ねぇ女将さん」
「ありがとうございます。直哉さん、初めてじゃない?誰かと待ち合わせなんて、それもこんなにお綺麗な女性なんて、やっとその気になったのかしら」
直哉はいつもひとりだった。
女性不信で、30過ぎても恋人ひとり居ない直哉を、母親の様に見守る女将だった。
「ちょっと女将さん、そんなんじゃないから、彼女に失礼ですよ。」
そんな下心が無い訳じゃ無かったから、直哉はちょっと狼狽えた。
そんな直哉を見て、微笑む愛梨だった。
「先に大事な話があるんだけども」
「何でしょう、専務」
「その専務って言うの、やめませんか?ここは職場じゃ無いだから、昨日みたいに気軽に話しませんか?」
「専務だって私の事、金森さんって………」
「あ、そうだね、申し訳ない。昨日も言った通り、女性と2人きりとか、誘ったのも初めてだから、僕も緊張してしまって……」
愛梨が、真っ赤になって狼狽える直哉を見て吹き出した。
「わかりました、直哉さん。ちょっとまだ緊張しますけど、プライベートはそう呼ばせて頂きます」
2時間ほど、食事を楽しんだ。
「本当によろしいのですか?ご馳走になってしまって」
「ほらまた、敬語!今日は僕が誘ったんだから」
「あ、ごめんなさい、直哉さん。じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走様でした」
直哉が会計をして店を出ると、愛梨の携帯が鳴った。
「娘からです」
「ごめんね、遅くまで付き合わせて、じゃあまた、会社で」
そう言って、直哉は帰っていった。
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