気がつけば、僕は彼女と3時間も会話していた。
女性とこんなに長くおしゃべりをしたのは初めてだった。
しかも、僕は32歳になるまで、女性経験が無いことまで喋っていた。
いつもなら(お見合い)、気持ち悪がられて、引かれて終わりだ。
しまった!と思ったが、もう話してしまった。
「真面目過ぎたんじゃないですか?私なんか…………」
愛梨は、東大卒の秀才ながら、波乱万丈な経験をしていた。
高校生の頃から付き合っていた男に夢中になり過ぎて、19歳で妊娠出産、男に言われるまま風俗嬢として働き、何人もの男に抱かれた上に捨てられたと、だから最近まで男性恐怖症だったのだと告白された。
男に言われるまま、身体に刺青を彫られ、舌ピアスまで見せられた。
その舌は、ふたつに割れ、左右の舌先にひとつずつピアスが光っていた。
「こんな女、軽蔑しますよね。でも、直哉さんには隠し事したくなくて」
僕は、心の底から彼女を守りたいと思った。
今は男と別れ、風俗嬢も辞め、ひとりで会社の受付嬢をしながら娘の魔夜を育てていると言う。
しかし、その会社は僕の会社だった。
僕の父は不動産会社をやっている。
僕は、一応その会社の専務取締役だった。
やっぱり彼女も、玉の輿が目的で近付いて来たのかと、楽しかった気持ちが一気に醒めていった。
「直哉さんのお仕事もお聞きしてもいいですか?」
「えっ?知ってるんじゃないですか?」
僕は、ぶっきらぼうに答えた。
「ごめんなさい、私何か気に障ること言ってしまいましたか?もしそうなら、謝ります」
泣きそうな顔で、僕の目を見つめてくる。
「本当に僕が誰か判らないの?」
僕は、彼女に名刺を差し出した。
下心がありそうで、初対面の彼女には下の名前だけ名乗って、名刺は渡していなかった。
「えっ、この会社私の……、専務!ごめんなさい!専務とは知らずに、こんな貧乏臭い店でお礼なんて、本当に知らなくて、ごめんなさい、私帰ります」
席を立とうとする彼女の手を掴んだ。
「ごめん、座って。僕の誤解だったみたい」
僕に近付いて来る女は皆、僕の地位とお金が目当ての女ばかりだったからと、同じ目で見てしまった事を詫びた。
よく考えたら、僕はもう何年も受付の前を通った事が無かったから、僕の方こそ彼女が自分の会社の受付嬢である事を知らなかった。
「申し訳ございません、社長のお顔は存じ上げていたのですが」
急に敬語になる彼女、さすが東大卒なだけある。
相手が自分の会社の重役だと気付いた時点で、佇まいを正す頭の回転が早い。
「愛梨さん、今は会社じゃないよ。敬語は無しにしよう。映画館で会ったただの男女なんだから」
食事を終え、僕達は連絡先を交換して別れた。
※元投稿はこちら >>