***最終章 性に開放的な楽園の発足***
親に性的な虐待を受け育ってきた孝一郎・愛美。家族間の性に対しての考え方がオープンな一家に育った亜季。
孝一郎はその後性教育に関しての様々な論文や諸説を立てて全国のみならず世界各国の性教育に対する考え方の遅れている国々からも称賛を受けるほどの学者となっていた。亜季との間にはそれぞれに仕事のある関係で双子の娘たちの後すぐに男の子に恵まれた。一時期は子供のできない体となっていた愛美も懸命の不妊治療のおかげで、一人目の子は人工授精だったが二人目からは自然に受精できるようになり5人の子持ちとなった。
九州の陸続きになっている無人島を買い取り、陸地から10mも離れていないので橋の建設から始めそこに私邸と30人まで泊まれるゲストハウスを作った。とはいえ、実際にはゲストハウス「ナチュラルパレス」のみの利用から始まった。仕事が多忙すぎてなかなか転居ができなかったからだ。ご近所では私が学者だったので「学者島」と勝手に名付けられたのはご愛嬌か…。ただこの「ナチュラルパレス」は基本的には全裸で過ごすためのシークレットスペースであるのだが、もちろんこれは「ナチュラルの会」の限定となっている。ナチュラルパレスについては私が8割ほど出資しているが他のメンバーの方々にも出資していただいたのでその方々はいつでも利用できるように開放してある。橋の陸側にはゲートを設けており、ライフラインのメーターなどもそのゲートに設けてある小屋に全て集めてあるので、完全プライベート感は確保してある。
時は流れ、ナチュラルパレスができて5年たった時にようやく私たちは島の反対側にある転居することになった。娘たちが12歳・息子が11歳になる歳の新学期に間に合わせた。学校には指定から陸地側にわたり50mほどのところにあるバス停があり、その後の中学も小学校の隣で義務教育の間の不便はないようになっている。娘たちは亜季が初産だったことや双子と言うことで体格はずっと小さかったのに比べ、息子の孝行(たかゆき)は伸び伸びと育ったせいか、こちらに転居するときは上の二人と全く同じくらいの体格になっていた。
我々は基本的に週末は全裸での生活になっているので、子供たちの成長はずっと観察し続けている。子供たちも「これが我が家だけの習慣」と理解しているので何の疑問もなく過ごしている。気になっているのは小さく生まれてとりあえずは順調に成長しているはずの双子の娘たち。6年生になって、ようやく乳輪が広がり始める傾向はみられてきたがバストの膨らみはない。妻の亜季は「まぁ私の友達にも中2くらいまで本当にお子ちゃまバストの子がいたから」と気にしてはいなかった。夏の「ナチュラルの会」でも同世代の子たちと比べると本当に幼く見えていたが、夏の終わりころになると日に日に体の変化が始まった。乳輪が先に大きくなり始め亜季の5年生くらいの写真とよく似てきていた。新年を迎えた頃には1日違いで初潮を迎えた。その頃には膨らみもしっかりしてきて、下の毛もぽつぽつと目立つようになってきていた。
息子の孝行は「最近ちんぽが勝手に大きくなったりする」とは言っていたが、5年生の終わりの3月にはペニス周りにうっすら毛が生え始めているのも確認した。
私たち夫婦はとりあえず手分けして、大人の体になることへのレクチャーを始めた。夏休み過ぎに精通が見られ翌年の春休みまでには自慰行為も教えた。もちろん、娘たちには亜季が教え、情報は共有している。
そして春休み中のある日、私たちはいつもよりも性行為を大きな声で早い時間から始める。案の定子供たちが覗きに来ることは想定の上で。3人とも私たちの行為を見てそれぞれ自慰行為を始めている。それを見届けてから子供たちの自分の意志で初めての性交を行った。私が体験した忌々しい「無理強い」でなく「自分の意志」で大人の世界に入ってきてくれた。この考え方をいつまでも継承してくれるように、素敵な思い出として残るよう最大限の配慮で進めるのであった。
***完***
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