金曜日。仕事終わりに待ち合わせの映画館へ。彼女の方が早く仕事が終わったようで、待っていてくれた。
「待たせたね蒼井さん。」(そう、彼女は蒼井さんと言う。)
「いいえ、私も今来たところですよ。」と笑顔を見せる。
仕事の時に見る制服姿とは違って、23歳のお嬢さんらしく服装が若い。
取敢えず、上映時間には間に合ったので飲み物を買い込んで入り、映画鑑賞をした。
そして映画が終わり、外へ出てみると生憎の雨。
「これじゃ夜景を見れないね。」
「そうですね。」
「どうする?もう御飯に行っちゃおうか。」
「ですね。そうしましょ。」って傘をさして歩き出そうとしたら、蒼井さんが
「いいですか?」と俺の傘に入ってきて腕を掴む。(相合傘なんて何十年ぶりだろう?)
「いいの?こんなオジサンと相合傘なんて。」
「だって、デートなんですから。」って答えてくれる。
向かった先は有名ホテルの元料理人が個人でやっている居酒屋さん。
昔からの馴染みで、俺が行くと裏メニューじゃ無いけど大将が自分の楽しみと残している魚を出したりしてくれるのだ。
「いらっしゃい!オッ、修ちゃんが女連れって珍しいね。娘さん?」って笑いながら聞いてくる。
「いや、いつも世話になってる仕事先の人だよ。お得意様なんだから美味いもの出してよ。(笑)」
「何だよ。俺がロクなモノ出してないみたいじゃん。」なんて冗談を言いながら個室へと通される。
「蒼井さん。ここは大将が美味いモノを見繕って出してくれるから、お任せで良い?何か嫌いなものとかある?」って聞くと
「いいえ、好き嫌いありませんから、松本さんにお任せします。」って答える。
まぁ、料理は大将に任せて黒井さんは酎ハイ、俺は焼酎の水割りで「お疲れ様!」と乾杯をする。
「蒼井さんって、下の名前は何て言うの?」
「私ですか、名前は「桂(かつら)」って言うんです。」
「へぇ、桂か。良い名前だね。」
「そうですか?苗字が蒼井だから「青いカツラ」って子供の頃は弄られてたんですよ。(笑)」
「じゃ、桂さんって呼んでイイ?」
「う~ん… 恥ずかしいんですけど、ま、松本さんには「カァ」って呼んで欲しいんです。」
「エッ、「カァ?」って。また何でなの?」と聞く。
「実は、私は子供の時にお父さんを亡くしていて、お父さんが私を「カァ」って呼んでたんです。でも、私を「カァ」って言ってくれる人は他に誰も居なくって、松本さんだったら優しいから呼んでくれるかなぁって思って… 」
「そうかぁ… じゃ、誰か居る時は流石に馴れ馴れし過ぎるから、二人きりの時だけそう呼ばさせて貰うよ。」
「ホントですか。(嬉) じゃぁ、呼んでみて下さい。」
「カ… カァ。」
「ハイ。(笑)」なんて風に時は過ぎて行く。
「松本さんは、さっき大将さんが「修ちゃん」って言ってましたけど、何て名前なんですか?」
「俺?俺は修二さ。大体は「修ちゃん。」って呼ばれるさ。そうだ、かぁもそう呼んでくれて構わないよ。」
「いいえ、そんな大先輩に向かって。それこそ馴れ馴れしいって怒られますよ。」
「そうかなぁ?俺が構わないって言ってんだから大丈夫なんだけどな。」
「ダメです。」
「じゃ、二人だけで何か違う呼び方しておくれよ。(笑)」
「じゃ、イイですか。」と近寄って来て、個室で誰にも聞こえないのに耳に手をあて「パパって呼びたいです。」って言う。
「パパ?」
「えぇ。お父さんの事をパパって呼んでたんだけど、亡くなってから呼ぶ相手も居なかったし、子供の時に皆はパパが居て甘えられて羨ましいなって思いがあったんで、出来れば… 」
「そうかぁ… でも、何か援助のパパみたいで変じゃない?(笑)」
「二人の時だけお願い出来ないですか?」
「ま、まぁ、こういう二人きりの時ならね。」って事で「カァ」 「パパ」と呼び合う事になった。
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