東京・新宿。雑居ビルがひしめき合う路地裏の喫煙所。吐き出された紫煙が、鉛色の空へと吸い込まれていく。俺──カズキは、灰皿にもたれかかりながら、無気力に煙草を燻らせていた。今日もまた、女たちの煩悩を捌ききった疲労感が全身を覆っている。
ふと、視線を感じて顔を上げると、そこにいたのは、見窄らしい身なりのホームレスだった。よれたGパンに、何日も洗っていないであろうTシャツ。伸びきった髪からは、汗と埃が混じり合ったような匂いが漂ってくる。そいつは、俺たちの足元に転がる吸い殻を、慣れた手つきで拾い集めていた。
この世界では、セックスが全ての価値を決める。金も、名誉も、地位も、全ては優れたセックスの対価として与えられる。生まれながらにして、その才能を持つ者は羨望の眼差しを浴び、そうでない者は蔑まれる。格差は広がり、社会は常に性的なヒエラルキーによって支配されている。
だからこそ、俺のような存在は、この世界において特別な意味を持つ。かつて女性用風俗のキャストとして、「ゴッドハンド」の異名を取った俺は、今では自分の店を構えるまでになった。セックスの技術を磨き、女たちを恍惚の淵に突き落とすことこそが、俺の生きる意味であり、存在意義だった。
吸い殻を拾い続けるホームレスの姿を、俺は気紛れに眺めていた。こんな場所で吸い殻を拾うくらいだから、よほどの落ちこぼれなのだろう。俺とは対極に位置するような、みじめな存在。
「おい、それやるよ」
ポケットから新しい煙草を取り出し、一本、ホーレスに差し出した。ホームレスは一瞬、警戒するように俺の顔を見上げたが、やがて恐る恐る手を伸ばし、煙草を受け取った。
「ありがとうございます…」
掠れた声で礼を言うと、ホームレスはぎこちない手つきで煙草を口に運び、深く息を吸い込んだ。慣れない煙にむせながらも、その表情には微かな安堵が浮かんでいた。
「あんた、なんでこんなところで吸い殻なんか拾ってんだ?」
俺は興味本位で尋ねた。この男が、なぜこんなにも落ちぶれているのか、知りたくなったのだ。
「…俺には、才能がありませんから」
ホームレスは俯きながら、消え入りそうな声で答た。才能。この世界において、それはセックスの技術を指す。才能がない、ということは、つまり、女たちを満足させられないということだ。
「セックスが下手ってことか?」
俺の直接的な問いに、ホームレスはびくりと肩を震わせた。
「はい……小学校に上がる前から、ずっとそうでした。女の人には、一度も相手にしてもらえなくて……」
ホームレスは、自嘲気味に笑った。その顔には、深い絶望と諦めが刻まれている。
「俺の名前は樹(いつき)です。31歳。フリーターで、低所得で……そして、童貞です」
樹は、自らの惨めな境遇を淡々と語り始めた。小学2年生の時に母親を亡くし、それ以来、ずっと一人で生きてきたという。純朴で真面目な性格ゆえに、この「セックス至上主義」の世界では、ひどく生きづらかったに違いない。
「何度も、努力はしたんです。どうすれば女の人が喜んでくれるのか、本を読んだり、動画を見たり…でも、どれだけやっても、まるでダメで…」
樹の声は、次第に震え始めた。その瞳には、今にも零れ落ちそうなほどの涙が浮かんでいる。
「結局、俺には女の人を満足させられない。だから、誰からも必要とされない。そんな男は、この世界じゃ生きていけないんです……」
樹の言葉は、まるで彼の人生そのものを物語っているようだった。セックスが下手だから、誰からも相手にされない。だから、仕事もまともに見つからず、低所得のフリーターとして辛うじて生きてきた。そして今、ホームレスにまで落ちぶれた。
樹の話を聞きながら、俺は内心、苛立ちを覚えてた。バカバカしい。セックスが下手だから何だというのだ。そんなことで人生を諦めるなんて、愚の骨頂だ。この男は、自分に価値がないと決めつけて、努力することすら放棄している。
俺は、吸いかけの煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。そして、ジーンズのチャックを躊躇なく下ろした。
「おい、よく見ろ」
俺が晒したのは、勃起した陰茎だ。樹は、驚いたように目を見開いた。
「なんだ、その程度かよ。そんなもんで、人生諦めるなよ」
俺の陰茎は、樹のそれと大差なかった。いや、むしろ樹の方が立派なくらいかもしれない。俺は、この「短小」な陰茎で、これまで数え切れないほどの女たちを歓喜の絶叫へと導いてきたのだ。
「俺も、お前と同じだ。いや、もしかしたら、お前の方が恵まれてるかもしれない。俺は、これっぽっちの陰茎で、女たちを満足させてきたんだ」
俺は、樹の目の前で、自らの陰部を指差した。
「確かに、デカけりゃいいってモンじゃない。だ、俺はデカくなくても、女をイカせる術を知ってる。それが、俺の『ゴッドハンド』だ」
樹は、呆然とした表情で俺を見つめている。彼の瞳には、少しずつ、希望の光が宿っていくのが見て取れた。
「お前、まだやれるぞ。諦めるな」
俺は、樹の肩を掴んだ。
「俺の店に来い。女用風俗のキャストとして、俺がお前を育ててやる」
樹の顔に、驚きと戸惑いの色が浮かんだ。
「俺が……ですか? でも、俺は……」
「お前には、まだ伸びしろがある。それに、俺は見たぞ。お前の目に、まだ火が残ってるのをな」
俺は、ニヤリと笑った。この男は、きっと変われる。この世界で、成り上がることができる。
「俺が、お前を『ゴッドハンド』にしてやる。お前は、この世界で、女たちから求められる存在になるんだ」
樹の瞳が、力強く輝いた。彼は、ゆっくりと頷いた。
「はい……俺、やります。お願いします!」
その声には、確かな覚悟と、新たな人生への希望が満ち溢れていた。この男が、どこまで成り上がれるのか。俺は、密かに期待を抱いていた。
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