移動教室から帰ってくる途中、またもや誠一が話しかけてきた。
「どうしたんだ?なんかいつもと違うぞ」
「さすがだな、誠一。」
観念した康輝は、昨夜のタイムスリップから、過去でキャスティング担当に梶原を推薦したこと、そして今朝公式サイトで確認した結果まで、全てを誠一に打ち明けた。
誠一は目を丸くして康輝の話を聞き終えると、信じられないといった表情で言った。
「『深谷さん』は聞いたことあるけど、お前、声優が嫌いとか言ってたっけ?」
(時々言ってたけどな…やっぱり世界は変わってるんだ…)
「マジかよ…!俺、お前によく深谷さんが嫌いだって言ってたけどな…俺はやっぱり世界変えたんだな…。」
「信じられない話だけど…口ぶりからして嘘を言ってるようにも聞こえないな。お前の言ってることを信じるよ。」
康輝は、まだどこか夢を見ているような心地だった。
放課後、一人になった康輝は、ふとそんなことを思った。(帰ったらアニメでも見ようかな。もう嫌う理由もない深谷さんを久しぶりに見よっかな)
あの忌まわしい、いや忌まわしかったカップリングの声優は、もう片方のアニメにしかいない。
康輝は、変わった未来をゆっくりと噛み締めながら、家路を急いだ。
声優を変えたことによる歴史の変化は、驚くほど何もなかった。深谷さんは歴史を改変する前の通り2年前に2期が放送され、世間を賑わせた。スポーツアニメAのほうも、やはり5年という月日が流れても3期が制作されることはなかった。
それでも、康輝は後悔していなかった。大切なものを守り抜いたのだから。推しキャラが惚れているキャラの声優も、以前のような嫌悪感を抱く相手ではなかった。それで十分だった。
夕暮れ時、自転車で帰路につく康輝は、中学時代からの同級生、渡辺百香と偶然再会した。彼女は、タイムスリップ前に康輝が嫌っていた声優、山本大甫の熱心なファンだった。
「そういえば山田って、山本さんのこと嫌いだったよね」
百香は、少し訝しげな表情で康輝に問いかけた。
康輝は、穏やかな笑みを浮かべて答えた。「もう嫌いじゃないよ。」
百香は不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も聞かなかった。康輝は軽く会釈し、自転車のペダルを漕ぎ出した。
家に着き、自室のベッドに腰を下ろした康輝は、ふと呟いた。「深谷、久しぶりに見ようかな」
かつてあれほど嫌悪していたアニメだったが、今はもう、それを嫌う理由はどこにもない。むしろ、あの時、過去に戻って行動した自分がいたからこそ、今の穏やかな気持ちがあるのだと思えた。
康輝は、パソコンの電源を入れた。画面に映るアニメ配信サイトのアイコンを、躊躇なくクリックした。
終
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