6.重い足取り
身体が重い、気持ち悪い、クラクラする。
それでも午前中に大事な会議があるから僕は何とか出社した。
上司に体調が優れない事を言うと、午後から休んでいいと言って貰えた。
「丁度、明日は土曜日で休みだから。土日はよくやすんでね。」
上司は優しかった。
それもそうか。
鏡に映る僕は、更に青白く頬がこけて目が窪んでクマもあった。
まるで死ぬ手前の様な顔だ。
体調が悪い。しかし、本当に苦しいと思っているのはそれじゃなかった。
夢で見た女、、もしあの夢が現実とリンクしているとしたら?
僕は無理やり、、、同意もなしに女をレイプした事になる。
そして実際に存在する女だとした時。
女は俺の顔を見ているはずだ。もし、警察に被害届けを出されたら?
たまたま外でばったり会ったら??
僕は怖くて心臓が重かった。
まだ若い感じだった。高校生。下手したら中学生かもしれない。
あの女が処女だったら?
僕は罪悪感で考えれば考える程、更に胸が痛くなった。
会議が終わり、議事録の作成に取り掛かる。
これを提出したら僕は帰る予定だ。
ふと見ると、スマホに1件のメッセージが。
どうやら会議中に来ていたようだ。
見てみると、居酒屋の田中くんからだった。
僕は仕事の前に、同級生だった藤奈夏(ふじ ななつ)さんの連絡先を田中くんに聞いていた。
その返信だった。
以前会った時、田中くんは霊的なことなら、藤さんに相談する事を進めてくれていた。
しかし、僕は快楽の欲望に負けつづけた。
今回の夢で違う女を犯して、ようやく我に返った。
僕はなんて馬鹿で醜いのだろう。
後悔してもしきれない。
原因はどうであれ、今の僕は悪い霊に取り憑かれて、段々と身体と精神を乗っ取られているのでは無いだろうか?
そして、快楽のままに夢を放置する事で、夢はどんどん現実になっていく。
もしかしたら、既に手遅れかもしれない。
この考察が間違えであればいいのだが、他に説明がつかない。自分の頭では分からない。
だから僕は、田中くんに藤さんの連絡先を聞くことにしたのだった。
藤さんは小中の同級生で、自称霊感少女と当時は痛い子だと思っていた。
田中くんは、不思議な力があると思っているようだったが、実は僕はまだ半信半疑だ。
それでも、物は試し、、というか、頭が回らない状況で、藁をも掴むような気持ちだった。
田中くんの返信には、藤さんの実家の固定電話の番号が載っていた。
そして、
「ごめん!連絡先は実家しかわかんねーや」
とコメントが添えてあった。
仕事を何とかやり遂げて、早退する。
少し歩くと息が切れる。フラフラする。
近くの公園のベンチに腰かけ、少しうなだれながらスマホをいじった。
いざ電話をかけるとなると緊張する。
しかし、正直体を乗っ取られる前に、、、体調不良も進んでいて一刻を争う状況の時に、ためらう気持ちは直ぐに失せた。
藤さんの実家に電話をかける。
プルルル、、 プルルル、、
無機質なコール音が続く。
(あぁ、、留守かな、、、)
僕は期待していただけにガックリした。
そして終了ボタンを押した。
(あ、、留守電残しておけば良かった)
切ってから気づいた。
もう1回電話して、出なければ留守電を残そうと思った。
その矢先、着信が入った。
藤さんからの折り返しだった。
僕は直ぐに取った。
「もしもし、、、あの」
僕が名前を言おうとした時、電話口から女性の声がした。
「佐藤くん?だよね。」
「あ、、え? そうです。」
「久しぶりだね。藤です。事情は分からないけど、ちょっとヤバい感じ、、だよね?」
僕は困惑した。田中くんが事前に伝えてくれてたのか?
「あの、、なんでこの番号が僕だって分かるの?
田中くんから何か聞いたの??」
僕の問に藤さんが「あ」と口にしたのが分かった。
「田中くんに電話番号聞いたんだね。彼、よく知ってたねー。家電。」
藤さんの声はゆっくりで優しい感じがした。聞いてるだけで心の不安定な部分が落ち着くようだった。
「それについては後で話すから、今からすぐに会えないかな?なるべく早めに会った方がいいと思う。」
僕にとって藤さんの申し出は願ったり叶ったりだ。
僕は二つ返事で了承した。
結論から言うと、藤さんは僕のアパートまで来てくれる事になった。
念の為、藤さんのスマホの番号を教えてもらい、もし何かあったら直ぐに電話するように言われた。
僕は藤さんに何も話していなかったが、
「佐藤くん、とにかく私が行くまで絶対に寝ないで。それと、後ろは極力振り向かないで。」
と、まるで僕の相談内容を知っているかのようなアドバイスをくれた。
電話を切る。
心做しかさらに身体が重く怠く感じた。
ベンチから立ち上がると目眩がする。
歩くと気持ちが悪くなる。
僕は根性で足を前に出し続けた。
アパートに近くなればなるほど、頭が痛い。気持ち悪い。
まるで藤さんと会うのを阻止するかのように体の不調が強くなる。
それでも何とか、僕はアパートに帰ってきた。
いつもなら40分前後の道も、1時間半もかかってしまった。
部屋の前に誰かがいる。
藤さんだと直ぐに分かった。
藤さんはスマホを握りしめて、僕の姿を見ると安心したように笑った。
「佐藤くん。良かった。
何回か電話したんだけど、取らないし、家も鍵かかってたから、、、、。」
僕は藤さんから電話が来ていたことに気づかなかった。
藤さんはニコっと笑った。
と思うと思い切り僕の頬を叩いた。
バチン!!!!
あまりの衝撃に、僕は???と頭が真っ白になった。
遅れて頬がジンジンと痛む。
僕が驚いて藤さんを見る。
「どう?いくらか良くなった?」
え???どういうこと??と思ったが、
「あ!」
直ぐに気づいた。
頭の痛みも気持ち悪さも消えていた。
そして、体のだるさや重さもだいぶ楽になったのだ。
「一時的だから、急ごう。」
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