2.寄り道
僕はいつもより早く会社につき、仕事の準備に取り掛かった。
「佐藤さん、顔色悪いですよ?」
同じ部署の後輩に心配されるが、大丈夫だよ。と返す代わりに愛想笑いで答えた。
確かに今日は体が重い。
人と話す気持ちにならない。
それはあの夢のせいなのか、それとも夢精した賢者タイムの副産物か。
思い出すと歯型の痕のついた指が微かに傷んだ。
仕事はあっという間に終わり、時刻は18時だ。
僕は直接家には帰らず、途中で居酒屋に寄った。
居酒屋の店主は僕の小中の同級生で、丁度家と職場の中間地点にある為、時折仕事終わりに寄っていた。
「あれ?ユウジ??珍しいねぇ。」
店主の田中君は僕を見ると驚いた様な表情で声をあげた。
「?珍しい??この前も来たじゃんか」
僕は笑いながらカウンターに座った。
「いやいや、ユウジが来る時はいつも金曜日だろ??今日は火曜日だからさあ。不思議だなって思ったんよ」
(ああ、、そーゆーことか。)
「んー、、まあ何となく寄りたくなってさ。」
僕の返答に店主の田中君はフフっと笑った
「何となくって事は無いだろ。顔色悪いしなんかあったんだろ?どうした??悩み事か??」
田中君は昔からストレートに言ってくる。でもそれは嫌じゃなかった。むしろ、隠さずに言いやすくて助かっていた。
「いや、大した事では無いんだけどさ、、。実は、、」
僕はココ最近変な夢を連続で見る事を話した。
ただ、夢の中の女をレイプした事は、罪悪感?もしくは軽蔑されたくなくてか、言わなかった。
夢精したことも。
注文の品を作りながら、一通り話を聞いた田中君は、「なるほどね」と一言言うと、他のお客さんのところに品を渡しにいった。
田中君の反応は捉えようの無いものだった。
「つまり、ユウジは毎日同じ夢を見ててそれが不気味で怖くて家に帰りたくないって事ね?」
「いや、そこまでじゃないよ。怖くは無いけどちょっと不気味だよね。
本当に大した話じゃないんだけど、誰かに話したくてさ。」
僕は本当に怖いとまでは思っていなかった。ただ、この不気味さを1人で抱えて家に帰るのは憂鬱だ。
手っ取り早く話を聞いてくれる人が欲しかった。
だから田中君のお店に来たのだ。
「うーん?てかさ、その夢の原因って何か身に覚えないの?」
「夢の原因??」
田中君の言葉に僕は聞き返していた。田中君は頷いて続けた。
「そうそう。例えばさ、最近その部屋に仕事かなんかで行ったとか。あ、心霊スポット行った?お化け連れてきたんじゃね?」
僕は考える必要も無く答えた
「ないない。笑」
「ん?だってユウジは大学の時心霊スポット行くのハマってたじゃん?今は行ってないの??」
「大学の時はね。社会人になったらそんな余裕無くて一回も行ってないよ。
しかも大学の時だから、、、かれこれ5.6年経ってるし、今更取り憑かれるのも変じゃない?」
僕は確かに大学の時にサークル仲間と良く心霊スポットに行っていた。
当時はSNSが普及して、自分のライフワークをSNSに載せるのがステータスに感じていた。
(どうだ。こんなにヤバい所に行ってきたぜ?)
という自己顕示欲、承認欲求を、心霊スポットに行った際に投稿。リアルタイムでも載せていた。
反応があれば有る程心が満たされていた。
しかし、社会人になるとそんな暇はなく、むしろ自分が如何に小さく、親に守られた存在であったかを痛感させられた。
SNSできらびやかな投稿を見ると、自分と比べてしまい、悲しい気持ちになった。
だから、SNSは見ないようになった。
「んー、、じゃあ、、、。彼女とか?」
「彼女?今はいないよ。社会人2年目だから、24歳の時か、、、。その時に半年付き合ってたけど、それ以降はずっとフリーだよ。」
「その元彼女の生霊とか?」
「あー、、それは、、有り得るかもね」
田中君に言われるまで、全く無い発想だった。
確かに、元カノはどこかストーカー気質で、嫉妬しやすい性格だったから。でも、、、
「いや、、ないな。夢の中の女は、背丈も体つきも全然違うもん。」
元カノは小柄でかなり痩せていて、胸も無かった。虚弱そうな体つきで、だけどストレートの綺麗な髪が1番印象に残る。そんな子だった。
それに対して夢の中の女は、それなりに身長があり、体型は普通。そして大きな胸、髪の毛はボサボサでかなり傷んでいる。
「んー、、、。ダメだ。全然わかんね。笑」
田中君は笑った。
僕も釣られて笑った。
「でもさ、ユウジ。やっぱり顔色悪いし、本当になんかあるかもしれないからさ。夢はともかく、あんまり体調優れないのが続いたら病院行けよな。」
「ああ、そうするよ。もしかしたら、体のどこかが悪くてその影響で変な夢見てるのかもしれないしね。」
僕はそれが1番可能性あるなと思っていた。だから、田中君の言う通り、夢よりも体調不良が続くなら病院に行こうと思っていた。
僕はグラスに入ったハイボールを飲み干す。
「あとさ、もし夢が気になるなら、、、」
田中君はキッチンから身を乗り出して少し間を置いて言った。
「奈夏に見てもらえば?」
「奈夏?って、、誰だっけ??」
田中君は呆れたように笑って答えた。
「藤 奈夏だよ。小中一緒だったろ?」
「あー、藤さんか。」
「そうだよ。あいつ、子供の頃から霊が見える!だの、何月何日に不吉な事が起こる!とか占いしてたり、何かと変な事言ってたろ?」
藤 奈夏さんは僕らの小中の同級生だ。
心霊現象とか予言とか、占いが大好きで確かにそんな事をよく言っていた。
名前を聞くと色々思い出す。
藤さんはそんな感じで、同級生に「肩にお化け着いてるよ?」とか平気で言う、いわゆる痛い子で、次第に藤さんを煙たがる人、バカにする人に別れていった。
僕は藤さんの事をバカにしていた側だった。
思えば中学の時は友達は居なくて、1人で良く図書室にいたような気がする。
まあ、変な子だったから当たり前か。って当時の僕は思ってた。
「田中君、面白い冗談だね笑」
僕はあまりに唐突な意見に本気で笑った。藤さんに相談?ありえない。
そんな僕に田中君はため息をついて話し出した。
「奈夏って変わってたもんな。みんな距離取ってたし、俺も信じてなかったよ。」
「だけどな、、俺1回だけ、奈夏ってガチもんかもって思った事があんだよ。」
「へぇ、、、」
僕は田中君の次の言葉を待った。初めて聞くはなしだ。
「中2の時、体育館の階段の踊り場で転落する事が多発してた事あったろ?覚えてる??」
「あー!懐かしいね!!僕も実際に見たよ。階段の上の方からつまずいて踊り場に転んだ子。」
田中君は続けて言った。
「あん時はしょっちゅう同じ場所でみんな転んで転落してって続いてさ、お化けかも?って学校中が大騒ぎだったろ?」
「うんうん。確かにそうだったね。不気味だったよね。でも、結局なんも無かったよね?一時的に転落事故が多発してたけど、その時だけだったし、、、」
「おれさ、見たんだよ。奈夏が踊り場から階段を見上げてブツブツ独り言話してるの。おれは影からそーっと覗いててさ。あいつ、何してんだろ?って。ほんとに不気味でさ。」
「それでさ、、ブツブツ独り言を言ったあと、階段に向かって一礼したんだよ。それで、そのまま校舎に戻って行ったの。
でな、それから転落事故が無くなったんだ」
「え、、え?」
まさか?田中君の言いたいことは何となく分かった。けど、信じられるかって言ったらNOだ。
「いやさ、ユウジが信じられないのは分かるよ。だけどよ。おれは奈夏が階段のお化けを除霊したんじゃないかと思ってんだよ」
笑いが込み上げてきた。が、田中君はいつになく真剣な表情だ。笑うのは良くないと思ったから我慢した。
「だからよ。もし、本当にお化けの仕業かもっておもったら、試しに奈夏に連絡してみろよ。な?」
「うーん、、うん。その時は、、考えとくよ。」
しばらくして僕は店を出た。そして住んでるアパートに帰るため、歩き出した。
(まさか、田中君がそんな事思ってるとは思わなかったなあ)
僕は自分の夢の話よりも、田中君の藤さんの話の方が衝撃だった。もちろん、僕の話を聞いてくれたおかげで心が軽くなったのもあるが、田中君の衝撃のカミングアウトに僕は憂鬱な気持ちは吹っ飛んでいた。
面白半分で心霊スポット巡りをしていた時も、お化けなんて見た事も無いし、呪われた事もない。
だから、別に藤さんを頼る事も無いし、そのうちこの夢も見なくなる。
「あ!歯型の傷、、田中君に見せてないや。」
指を見ると、朝は濃くついていた歯型は薄くなっていた。寝ぼけて自分で指をくわえて噛んでたのかな?
僕はそう思いながら、アパートにつき部屋に入った。
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