10.正体
準備を終えたのか、神社の人達は僕らより畳2畳分程後ろに横一列で座っている。
みんな固唾をのんで藤さんを見ていた。
藤さんは息を整えて話し始めた。
「まず確認したいんだけど佐藤くん。山間にある古いダムの近くの祠に行ったことある?」
「、、、ある。」
僕は藤さんとキスをした時のフラッシュバックした記憶で思い出していた。
それまでは散々としてまとまりのつかなかった記憶が順を追って鮮明に呼び起こされている。
「佐藤くん達はダムの周りをウロウロして、祠を見つけた。祠の中には何も無かった?」
「うん。そもそも、目的はダムの近くの道にオバケが出るって噂があって。それでダムの周りをウロウロしてた。祠はたまたま見つけたんだ。」
「祠の形は覚えてる?」
「うん、、、思い出したよ。装飾されていない、古いボロボロの木製の小さな鳥居があって、その奥に大きめの岩があった。
大きめの岩の上に家のような形をした祠があって。でもだいぶ年月も経ってて、手入れをされている感じは無かった。仲間のひとりが中を開けたんだ。だけど中は空っぽだった。」
「なんと罰当たりな」
神主さんが思わず口を挟んだ。
本当にその通りだと思う。僕は自分達の愚行に胸が苦しい思いだった。
「そこには佐藤くんも含めて5人で行ったのかな。」
藤さんは気にせずに話を進める。
「うん。大学の先輩2人、僕と同期で3人。」
「そのうちの1人が、近くで棒の様な物、例えるとキュウリ程の大きさの物を拾ったよね?」
僕はそれは覚えていない。というか気にして無かったのかもしれない。
「、、、分からない。けど、多分拾ったかもしれない。」
「その人は車までの道をその棒を持って歩いてた。けど、要らないと思ったのか、飽きたのか、、帰り道でダムに投げ捨ててるの。」
「あ!」
それで思い出して思わず声がでた。
先輩の1人がダムに木の枝のような物を投げていた。その時はなんとも思っていなかったが、それかもしれない。
「うん、なにか投げてた。ブーメランみたいに投げて、、、結構飛んでダムの中に落ちた。」
本殿の中の人たちは僅かにどよめきが起きていた。
神主さんはピクりと目元が動くが、一言も発しない。
「多分だけど、それが原因だと思う。」
藤さんは続けて言った。
「佐藤くんと一緒に行った人達、みんな死んでる。というか、殺されてるの。その女に。」
背筋が凍った。
「佐藤くん、あの時のメンバーと連絡は?」
「取ってない、、、。大学卒業してからは疎遠だったから、、、。」
あの時のメンバーは仲良かった。しかし、何か刺激的な事をしたいと思って集った仲だから、それ以外でも仲良くという関係ではなかった。
「キスした時に、取り憑いてる女の背景、感情が流れてきたの。
この女は力が無かった訳じゃない。隠してただけ。」
「女は怨念と殺意、憎悪、、、そして快楽で溢れてる。あの時のメンバーを1人ずつ、、ゆっくりと苦しめながら楽しんで殺してる。
佐藤くんはあの女の獲物の最後の一人。」
僕は地に足がつかない様なフワフワした感覚になった。平衡感覚が無くなったような、そんな感じだ。それだけショックが大きかった。
「ただでさえ女には恐ろしい程の力があった。それが佐藤くんを含めて5人、いや、、過去に遡ればもっと多くの犠牲者がいると思うけど、それだけ多くの人間の生気を奪って、更に強くなってる。」
「だとしたら、、、」
神主さんが口を挟むように静かに言った。
「今、私に見えている女の姿は、我々を欺く仮の姿と考えた方がよろしいですね。」
それに答える様に藤さんは頷いて言った。
「はい。正直、、、ここまで巧妙に姿を偽る悪霊は見た事がありません。推測ですけど、佐藤くんを殺したあとは、佐藤くんを含む5人に関わりのある人間を順番に、同じ手口で殺していくと思います。もしかしたら、また新たなターゲットを探すかもしれませんが。」
神主さんはため息をついてから答えた。
「でしょうな。仮にここで祓っても祓われたフリをして、変わらず貴方を呪い殺すかもしれません。
神職の人間を騙す程の力と知恵があるのですから。厄介な事だ。」
僕は堪らず会話に参加した。そうでもしないと、精神が持たなそうだ。それくらいメンタルを削られていた。
「あの、ダムに行ってその例の棒のような物を元に戻せばなんとかならないですよね、、?」
自分で言っておいて不可能な事は分かっていた。何せ5.6年も前の話だし、ダムは広くてもしかしたら底に沈んでいるかもしれない。
「お嬢さんの話を聞く限り、仮に棒を見つけて元に戻してお祓いや祈祷をしても、、、無駄でしょうな。もしかしたら、その棒を拾ったのも、その女に誘導された可能性すらある。」
「私もそう思います。」
完全に行き詰まった。僕は自分のこの先の運命を、、、殺されるという事を事実のように受け入れかけていた。
「ですが、、、」
神主はぽつりと言うと、その後力強く声を発した。
「やれるだけやってみましょう。今のお嬢さんが得た経緯だけでも、だいぶ女の姿が絞れました。それだけやれる事も対処も絞れるという事です。」
意を決した様に神主さんは立った。それを合図に後ろに座っていた人たちも一斉に立った。
「佐藤くん、大丈夫だよ。」
呆然として戦う決意のない僕に藤さんは優しく呟いた。
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