激しい性交の後には疲労感と倦怠感が訪れる。
弥智代は静かに寝息を立てていた。
完全に眠ったようだった。
徹はバスローブを羽織るとスマホを持った。
部屋のドアを開けた。
暗証番号の入力は何でもなかった。
手法が分かった以上、他の部屋のドアも開けられる筈だった。
徹は部屋を出ていった。
すると、眠っていた筈の弥智代がパッと目を見開いた。
徹が部屋を出ていくのを待っていたかのように――。
槌
徹は廊下に出た。
薄暗い廊下だった。
ところどころに僅かな光を放つ照明があるだけだ。
307号室を出た徹は廊下の端に位置する301号室から順番に様子を伺った。
それほど重厚なドアではないので少し耳を澄ませば部屋の内部の声や音が聞こえる。
既に午後11時を回っていた。
激しい肉弾戦の最中で女の鋭い喘ぎ声や尻に腰を激しく打ち付ける音が聞こえてくる部屋もあった。
何やら恋人同士のような甘い囁き合いが聞こえる部屋もあった。
交わりを終えて眠りについた女の寝息や男の鼾が聞こえる部屋もあった。
無論、誰もいない部屋もあった。
徹は注意深く聞き耳を立てた
が、聞こえてくる喘ぎ声はどれも加奈子のものではなかった。
3階は24の個室の他、突き当たりに食堂と洗濯場があった。
徹は食堂の調理場へ行った。
調理用の包丁と天然木製のフライ返しを手にした。
いざという時の護身用だった。
再び廊下に戻る。
徹はふと廊下の奥の方に人の気配を感じた。
薄暗くてよく見えない。
壁に身を寄せて様子を伺うと人影はどこかの部屋に消えた。
ドアが閉まる音がした。
徹はやや緊張しながら307号室の暗証番号パネルを操作してドアをそっと開けた。
部屋には弥智代が全裸で寝ていた。
弥智代のバスローブが布団の脇に脱ぎ散らかしてある。
特に変わった様子はなかった。
徹は再び廊下に出た。
槌
321号室のドアの前に来て徹の心臓は高鳴った。
奈美子の喘ぎ声だった。
絶頂し続けている声だった。
「あ……ああ……あ……ああ……」と断続的に喘いでいた。
男の低い声が聞こえる。
「お前はもう娑婆には戻れぬ、一生、性奴隷として快楽に溺れ、淫売婦としてこき使われるんだ、分かったか」
ウラムの声だった。
「ああ……お許しください、もう今後一切、誰にも言いませんから、ああ気持ちいい……ゆるしてぇ……」
奈美子が泣きながら男の責めに耐えていた。
「もう遅い、教団の内実を詮索するとどうなるか、思い知らせてやる、ほらっ、気持ちいいだろうがッ、これからお前にシャブ漬けセックスを仕込んでやるッ!」
「ああッ、ああッ」
奈美子の喘ぎ声が廊下まで響いてきた。
奈美子はその後30分近くも凌辱を受け続けた。
「ゆ、る、し、て……ゆ、る、し、て……」
と息も絶え絶えに喘ぎ続けた。
ウラマーが激しく奈美子の躰を責め立てる単調な響きが次第にスピードを増していった。
やがて太い呻き声が洩れ聞こえてきた。
射精したらしかった。
徹は暫くドアの外で耳を澄ませた。
2人は浴室に入ったようだった。
シャワーを浴びる音が聞こえる。
徹は暗証番号を入力してそっと321号室に忍び込んだ。
クローゼットに身を潜めて扉を閉めた。
やがてウラマーと奈美子が浴室から出てくる。
2人はベッドに横たわった。
奈美子はウラマーに抱き寄せられた。
奈美子が泣きながら「私はもう許して頂けないの?」と尋ねている。
「教団の内実を詮索したのがいけなかったのだ、あの徹という男も一生ここから出られまい、あの男も今頃は捕えられて縛られている筈だ」
ウラマーが答えた。
徹は心臓が高鳴った。
美奈子は、徹と夫婦でないこと、加奈子を探していることをウラマーに吐かされたのか。
「今頃は云々」というウラマーの言葉も気になった。
本来、307号室で弥智代と同衾中のはずの徹が「今頃は捕えられている筈」とはどういうことか。
弥智代がウラマーの指示で動く予定なのか、307号室に別のウラマーを向かわせるということか。
いずれにせよ、徹が307号室にいないとなれば、直ぐに施設内の捜索が始まるだろう。
徹は身の危険を感じた。
ウラマーが再び美奈子の躰を弄び始めたらしい。
徹は扉を僅かに開けて室内の様子を伺った。
薄暗い電灯の下で奈美子が四つん這いになっている。
ウラマーが奈美子の尻に手を入れていた。
奈美子の豊かな乳房が揺れている。
「ああ……」
奈美子が声を洩らす。
敵に捕らえられて絶望的な状況にある中でも躰を弄られれば再び感じ続けて喘ぐ女の哀しい性だった。
やがてウラマーは奈美子の尻を抱いた。
奈美子の背中に覆い被さるようにして腰を前後させている。
奈美子の乳房を揉みながら後背位で緩慢に責めていた。
「ああッ、ああッ」
死を覚悟する中でも犯されれば感じてしまうのが女だった。
奈美子は男に尻を責め立てられながら哀しい声で悶え喘いでいた。
奈美子がじきに絶頂に達して鋭い叫び声を放ち始めた。
徹は意を決した。
ウラマーに気づかれないようクローゼットの扉を徐々に開けた。
そっとウラマーの背後に回る。
ウラマーの引き締まった尻が卑猥に動いている。
徹はバスローブの袖口から木製のフライ返しを取り出した。
ウラマーの股間で揺れ動く睾丸を目掛け、フライ返しで強烈な平手打ちを喰らわせた。
ウラマーが吠えた。
俯せで犯されていた奈美子は何が起きたか分からなかった。
事態を呑み込めない奈美子は悲鳴を上げた。
ウラマーは悶絶してベッドから転げ落ちた。
意識を失っていた。
奈美子は徹の姿を認めて泣き出した。
泣きながら徹にしがみついた。
ウラマーを生かしておくのは危険だった。
奈美子は徹からフライ返しを奪った。
「殺してやるわ!」
それを握りしめてウラマーの睾丸を滅多打ちにした。
木製とはいえ、フライ返しで睾丸を打ちのめされた男には死を覚悟させるほどの激痛が走る。
「こんな男、あたしに散々酷いことをしたんだから、とっとと死ぬがいいのよッ!」
奈美子はフライ返しを縦にして固い側面でウラマーの頭蓋骨へ強烈な一発を叩き込んだ。
頭蓋骨が割れる音がした。
こうなると女は残酷だった。
本気で殺す気ならば包丁で刺せばよい。
また、このまま浴槽に引きずり込んで突き落とせば確実に溺死する。
麻薬を摂取させられ身の危険に晒された奈美子にとっては当然、正当防衛が成立する筈だった。
が、さすがに徹は「殺すのはやめた方がいい」と奈美子を制止した。
意識不明のウラマーの両手両足をバスローブの帯で縛り上げた。
瀕死状態のウラマーの躰をクローゼットに押し込んだ。
問題はどうやってこの施設から脱出するか、だった。
その前に加奈子も救出しなければならない。
ウラマーの話ぶりからすると、恐らく教団の上層部は徹の捜索を始めているに違いない。
すると、ウラマーの一人がいるこの部屋は特に危険だ。
徹と奈美子はそっと部屋を出た。
幸い、人影はなかった。
少し歩く。
階段へ続くドアの暗証番号パネルを操作した。
といっても、廊下から見れば他の部屋と同じドアだ。
見分けがつかない。
ドアには316号室というパネルがあった。
徹は何回かこのドアから3階に来ていた。
それでこのドアを記憶していた
すると、突然、廊下の向こうから「そこの2人、動くな!」と男の鋭い声が聞こえた。
廊下が暗くて男の姿は全く見えない。
が、足音が近づいてくるのが聞こえる。
徹と奈美子はドアを開けると急いで階段を駆け下りた。
2階の廊下へ続くドアが目の前にあった。
209号室というパネルのついたドアだった。
1階へ降りたかったが階段はここで終わっていた。
目の前には一枚のドアがあるだけだ。
209号室の暗証番号パネルを操作してドアを開けた。
3階と同様、暗い廊下に出た。
廊下を歩いて1階へ降りるドアを探した。
が、部屋番号のついたドアのみが続いていた。
どれが階段に至るドアなのか見分けがつかない。
3階のドアと同様、階段へ続くドアにも部屋番号がついているのだ。
徹と奈美子は焦っていた。
階段へ続くドアを見つけなければ追手に捕まるのは時間の問題だった。
物音のしない部屋のドアを手当たり次第に開けるしかない。
いや、確実に教団施設から出られる部屋が一つだけあった。
212号室だ。
「性愛館」の部屋に繋がっている筈だった。
薄暗い廊下を212号室めがけて進んだ。
……ふと、人の気配を感じた。
212号室付近の前の廊下に誰かいる。
それも複数のようだ。
待ち伏せされたのか。
その中の一人の顔が一瞬だけ見えた。
女だ。
――弥智代だった。
弥智代に間違いなかった。
徹と奈美子は踝を返して反対方向へ逃げた。
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