「お墓参りに行こうよ。」
「え?」
言い出したのは私だ。
何て言うか・・良心が咎める?
意外と小心なんだよ、アタシ。
実は自分自身でも分からない衝動に突き動かされていた。
新幹線と在来線を乗り継いだ先、東海地方の郊外、小さな湾に面した蜜柑の木ばかりが植えられた丘。
レンタカーで辿り着いたその一角に在る小さな墓地。
お墓は綺麗にされていた。
まるで昨日、、、或いは誰かが先刻お墓参りに来たみたい。
・・・・ひょっとしたら毎日なのかもしれない。
それでも私達は供えられた花を供え、線香を上げる。
冬晴れの空の下、乾燥した風に吹かれながら、私達は無言のまま並んで墓前に立つ。
彼は何を想っているのだろう。
そして私は何を想って此処に来たのだろう。
だが私は唐突に動揺する。
何故、墓参りに来たのか分からないのだ。
・・ごめんなさい・・。
動揺しながら頭の中に浮かんだ謝罪の言葉。
次の瞬間、後追いで理解した私自身の想い。
彼を奪ったことじゃなかった。
彼女の死を知った瞬間、一瞬とはいえ心が踊った事実だ。
ごめんなさいゴメンナサイごめんなさい・・。
矮小な自分が情け無い。
涙が溢れそうだ。
だが泣かない。
泣いて許して貰おうなんて思っていない。
それだけが私の矜持だ。
だから絶対に泣かない。
今、ここで泣いて許してもらうことは出来ない。
少なくとも私は許されるべきではない。
許されない儘、後ろめたさを抱えて生きていくことだけが許される。
仁王立ちのまま立ち尽くす私の顔はグシャグシャだったが、それでも泣き出すことだけは堪らえることが出来た。
「・・行こう。」
彼に促される儘に私達は帰路に着く。
墓地を出て最初の曲がり角、私達は花を携えた老夫婦と行き合った。
呆気に取られたような老夫婦は戸惑いを隠せない。
ぺこり
唐突に彼が深々と御辞儀をする。
・・彼女の・・ご両親・・だ。
彼が頭を上げるまでの僅かな時間。
私は呆然として立ち尽くす。
頭の中は空っぽだ。
彼が頭を上げた。
次の瞬間、老夫婦は微笑む。
嬉しげに。
寂しげに。
そして・・諦めたかのように。
何事も無かったかのように歩き出す老夫婦。
私達との距離が開いていく。
私は走り出す。
何故、走り出したのかは分からなかった。
何をしようとしているのかすら分からない。
息を切らせて追いついた私を老夫婦は怪訝そうに振り返る。
「ごめんなさい!」
謝罪の言葉を口にした瞬間、自分の行動の意味が初めて理解出来た。
私は終わらせてしまったのだ。
老夫婦の中では未だに生々しい娘の死。
だが、様々な想い出は昨日のことのように鮮やかであることは間違いない。
生まれた頃の、幼い頃の、そして彼に嫁いだ頃の。
だが、あるタイミングで彼女の想い出は途切れ、それ以上は増えていかない。
増えてこそいかないものの、明確な終わりは告げられていない。
言葉は悪いが『死んだ子の歳』を数え続けることが出来たのだ。
今日、この瞬間までは。
彼が私と一緒にいる。
つまり彼と彼女が完全に終わった事実。
私が終わらせてしまったのだ。
にっこり
そうとしか表現出来ない微笑みを浮かべる二人。
私を、ではなく彼の再出発を寿ぐ二人。
私は一度だけ深々と御辞儀をすると踵を返す。
限界だった。
ひぐっ・・ぐぶっ・・ぎひっ・・・・。
幼稚園児以来の泣きベソをかきながら私はトボトボと彼のもとに向かう。
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