夕暮れ迫る武家屋敷の一角。久間の屋敷の庭から、気合いの篭った声。
「何かあったんか?」
答えずに柄を握る手に力を込める与兵衛。
「お前が俺んとこで刀振るなんて、何年振りかなぁ」
鈍く輝く青白い刀身は空中で静止したまま微塵も動かない。与兵衛もまた目を瞑り、水を打ったような心。やがて背の高い庭木が風に揺れた、その瞬間。雑念を断ち斬るように気を込めた一閃は、青臭い風を両断した。
「腕が鈍った」
「傘なんぞ貼ってばかりいるからだ」
与兵衛は再び構えに戻る。上段の構え。
「昔は俺といい勝負してたのによ。ところがどうだ。今のお前のその構え、雑念だらけじゃねぇか」
「くっ……」
「まぁとりあえずどうだ、飲まねぇか?」
縁側に座る久間の手元には、既に酒器がひと揃え。盃は二つ。
「喜作は見廻りか?」
「さてな。どこぞで飲んでるかも知れねぇな」
与兵衛は刀を鞘に納め、久間の隣に腰を降ろした。手にした杯に久間が酌をする。
「その後、どうだ?」
「とうもこうも、よりによって美濃屋の旦那が死んじまったからな。あいつには随分と助けられていたもんだで、若旦那がどれだけ世話してくれるかだな」
美濃屋からの上納金もあってこそ、岡っ引きの喜作の面倒も見れていた。
「大変だな。お前も」
いつしか影も伸び、庭全体が日陰となった。庭木の楓と松の上半分だけに陽が射している。
「ところで久間。その……仕官の話なんだが……」
「おお! その気になったか!」
「傘貼りだけでは、些か苦しくてな」
「どんな役目になるか分からんが、俺は奉行所に顔が利くからよ。早速明日にでも話ておくぞ」
「すまぬな」
「なに、お前とは共に剣術を研いた仲だ。遠慮するこたぁ無ぇ。ま、飲め」
移りゆく空を眺めながら杯を重ねる。久間は与兵衛の肩を叩き一言。
「じゃぁ、次は縁談だな」
「そこまでは世話にならん」
その頃お理津は河川敷で莚を抱え、同じ空を眺めていた。紫乃はついて来ると言い張ったが冗談ではない。商売の邪魔だと言って置いて来た。与兵衛の部屋にいれば安心である。
夜鷹の客は武士が多い。それも与兵衛のような下士。羽振りのいい商人や上士たちは遊廓に通うのだ。いずれにしても、まだ陽も暮れてない内から女を抱こうとする男は居るものである。
「旦那」
声を掛けたのは釣糸を垂れる一人の侍。ちらりとお理津の方を見るが、すぐに川面へと視線を戻す。
「釣れなさったかい?」
「ふん、からっきしさ」
「だったら帰る前にあたしなんか釣ってみたらどうだい?」
男は再びお理津を見た。落ち窪んだ目で足元から顔に掛け、値踏みするかのようにゆっくりと視線を動かす。
――釣られるのは、あんたの方だよ――
お理津は笑みを浮かべながら、餌をちらつかせるように袂を捲って見せた。
「どれ」
陽も落ちていると言うのに左手で額に日差しを作り、食い入るように眺める男。やがてその左手で裾の中を拝み、次の瞬間にはお理津を葦の林へと押し倒していた。糸が引かれ、河原に棄てられた竿がしなる。
「ちょっ、莚ぐらい敷かせておくれよ! 背中……」
石がごろごろと転がる河原で無節操にも押し倒す男。帯も解かずに胸を裸けさせる。
「痛っ!」
力任せに胸を鷲掴みにされ、乱暴に揉みしだかれる。お理津の顔は苦痛に歪んだ。抵抗しようにも思ったより大柄な男で力も強い。
「も、もっと優しくしとくれよぅ」
頬を襲った衝撃と乾いた音。驚いたか青鷺が薄暮の空に飛び立つ。
「夜鷹ごときが口答えするんじゃねぇ」
男は笑っていた。いや、笑うと言うよりも興奮している顔だろうか。手早く下帯を解けば、解き放たれた亀頭とお理津の目が合った。愛撫も無しに突き立てられ、濡れる間も無し。
「ま、まって……もっと、ゆっくり」
足を高く上げ、自らの手で左右に入り口を広げようとするも、問答無用に押し入って来る。年に一度はこういう客がいる。
「くぅっ!」
滑りが悪いと覚ったか、今度はお理津に馬乗りとなって掴んだ髪を押しやり、顎を上に向かせて開いた口に突っ込む。
「ごっ、ぎゅっ」
歯を立てぬよう慌てて顎を開くも、咽にまで達する肉塊はすでに容赦無き暴漢。嗚咽を堪えて涙が滲む。ぼんやりと翳った下腹が鼻先に迫る。やがて唾液まみれになった肉塊は引き抜かれ、下の口へ。お理津はこの男に声を掛けた事に後悔した。発情したけだものの如き激しさで、突かれる毎に背中が擦り切れる。ただただ早く終わってくれる事を祈る事しか出来なかった。
「うっっ」
どくどくと白濁を体内にぶち撒けられ、背中からは血が滲む。力任せに揉まれた乳房は痣になってしまったかも知れない。
「ハァ、ハァ、ハァ」「はぁ、はぁ、はぁ」
ずるり、と、果てた肉片を抜かれると同時、開きっぱなしとなった性器より白濁が溢れ出る。上下に波打つお理津の腹に、投げ棄てるように銭。
「おめぇ、なかなかの名器じゃねぇか。また見掛けたら頼むぜ」
下帯を締め直し男は去って行った。生い茂る葦の中に残されたお理津は、まるで捨てられたハギレのよう。ぼんやりと仰向けのままにいれば、茜色の天高く青鷺。畜生道に墜ちた身からすれば、なんと空の高きことか。底無しの夕空と迫り来る宵闇に漂う浮遊感は、果たして死んだらこんな感じなのだろうかと思わせた。臍の辺りの冷たい金子と背中の痛みが、お理津を現実へと繋ぎ止めている。
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