隣近所の評判はすこぶる悪かった。薄い壁を隔てて夜な夜な喘ぎ声が聞こえて来るのであるから、眠れたものではない。だが、いくら大家に文句を言っても、馬の耳に念仏。それもその筈。
「さて、今度はなすびでも入れて見ましょうかねえ」
「大家さん、変な物ばかり入れないでおくんなましよ。私の体は玩具じゃないんですから」
単(ひとえ)を着たまま裾をからげて仰向けのお理津。長屋の大家である左平次は、脂肪を揺らしながら少年のように目を輝かせ、彼女の股を開く。
「何をしても構わぬと言ったじゃないですか。こっちは金子を払ってるんですよ。さぁ紫乃や、これを」
水を張ったたらいに浮かぶ野菜から取り上げた茄子。紫乃は手渡された瑞々しいそれを見詰める。
「どうした。早くお理津の穴に入れておやり。それとも自分の穴に入れたいのかい?」
「私のは小さいから無理です」
左平次はこの部屋に通いつめており、すでに馴染みとなっていた。ただ、いつも少々変わった事をする。外は梅雨も明け、今年最初の蝉の声。じっとりと滲む汗で濡れた小袖が、紫乃の体に貼り付いている。
「むっ」
つるりと呑み込まれ、ひんやり。またつるりと吐き出され、繰り返す様(さま)に紫乃は楽しげ。汗とも淫汁ともつかぬ濡れようで、滑りも良し。
「紫乃や。これも入れてやりなさい」
今度は胡瓜を手渡され、左平次の顔を上目遣いに見詰める。
「菊座に入れるのです」
不思議そうな顔が好奇に満ちた顔へと変わる。
「そ、そこは堪忍してください……」
左平次は、胡瓜を握り締める紫乃の手に、自分の手を添え包み込んだ。べったりと汗ばんだ手である。
「指を伸ばして……そう」
左手も同じく大きな掌に包まれる。密着する脂肪が紫乃の背中を蒸らした。
「お前さんは若草の匂いがするねえ」
紫乃の体から立ち昇る熱気を胸一杯に吸い込んで左平次。二人羽織りのように左手を操り、茄子を含んだ陰唇に皺の無い指を沿わせる。若筍に味噌を塗り付けるような手付きで粘液を絡め、そのまま降ろして菊座へ。
「ひぁ」
呼吸に合わせて伸縮する筋の、弛んだ隙につぷり。先端を沈めた胡瓜は、ずずいと吸い込まれていった。同時に押し出されて来る茄子を左手で押さえる紫乃。いとおかし、とばかりに笑みを浮かべる。
「お理津さん、痛く無い?」
「はぁぅぅ……は、恥ずかし……」
お理津は両手で顔を覆った。裏庭は炎天下。生暖かい風が紅潮した肌を撫でる。
「はっはっ、そうでしょう、そうでしょう。茄子に犯されながら尻から胡瓜を食うているんですからねぇ。どう思います? 紫乃」
「……いやらしい」
左平次は満足気に頷いた。
「ほれ、もっと激しく出し入れしておやりなさい……このように!」
二人羽織で操る手に抵抗は無い。もはや、操るまでもなし。
「ふんんーっ」
立てた膝が愕々と痙攣を始める。刺を落としてある胡瓜は既に滑りも良く、排泄感がお理津の恥じらいを切り裂いてゆく。弛緩した口元からは唾液が頬を伝い、焦点は天井を突き抜ける。
「あああああああ」
「きゃっ」
唐突に尿道が暴(は)ぜた。左平次に背後から抱かれる形の紫乃は避ける事もままならず、小袖が放水を浴びる。
「さ、左平次様。これ以上したらお理津さんが壊れてしまいます」
「いいんですよ壊れても。ご覧なさい。この愉悦に溺れた顔」
くつくつと、妖怪の如き笑い声が紫乃の耳元を舐める。その時、お理津の腰が幾度も跳ね上がり大量の淫汁が噴射され、紫乃はそれを顔に、胸元に浴びた。茫然と背中の柔らかい脂肪に背凭れる。
「さて。次はお前の番ですよ」
汗まみれの背中を冷やす囁き。
「私は、まだ……慣れてませんから」
「慣れるのです。そしてお前も、お理津のようになるのです」
目の前には、足を大きく広げたまま痙攣し続けるお理津。陸に揚がった魚のようである。その股間の前には、濡れぼそった茄子と胡瓜が転がる。その有り様を嘲笑するかのように喧(やかま)しい蝉の声。
「あっ」
大音量の中で、押し倒された紫乃の上に左平次が覆い被さった。
夕日色に染められた濡れ縁の照り返しで、壁も柱も淡い朱。静かに虫の声が降り注ぐ中、絡み合う二つの女体。左平次が帰っても尚、終わり無き真昼の暑さが続いていた。もう、幾度気をやった事か。
横たわる互いの顔の前に互いの下腹部。紫乃の右手はお理津の膣に手首まで呑み込まれ、お理津の舌は紫乃の菊座を圧し広げる。ひとつとなる二人の体は、溶け合って混沌。その意識は雲の上でも漂うかのように、部屋の中をゆらゆらとさ迷い続け、冥府と俗世の狭間にあった。終わり無き悦楽の園。
「あたし恐い。このままだと、与兵衛さんへの想いとか忘れちまうんじゃないかって」
汚れた小袖と単はたらいの中。暗くなってもよしずを揺らす生温い風。
「私は逆。与兵衛さんが帰って来たら、私がお理津さんに忘れられちゃうんじゃ無いかって、恐い」
「そんな事、無いよ」
「でも。与兵衛さんと夫婦になっても……変わらず紫乃を抱いてはくれますか?」
「……紫乃ちゃん」
共に疲れ果て、ただ怠惰に身を任せていた。むせ返るような匂いが未だ立ち込めている。
「私は、こうしている今が幸せ。もし姉様が抱いてくれなくなったら私、死んじゃいます」
「こら、滅多な事言うもんじゃないよ。与兵衛さんが帰って来ても紫乃ちゃんはずっとここに居て、三人でまた暮らすんだよ。……まぁ、あんたにいい男(ひと)でも出来ちまったら別だけどさ」
「いい男なんか。お理津さんには与兵衛さんが居るけど、私みたいな人間には……」
「そんなこと……」
お理津にしがみ着く腕に力が籠る。顔を胸に埋(うず)めながら。
「お坊さんに初めて色んな事された時私、自分の本性見ちゃったんです。いやらしくて、貞操も無くて、残酷な自分を」
己が内包する闇を知ったが故に餓鬼道。男を知らなかった頃には戻れない。だからこそ、本性のままに生きるお理津だけが、紫乃にとって生涯を共にできる唯一無二の存在。そう、感じていた。
「お理津さんだって、本当は夜鷹になってる自分が嫌いじゃないはず」
「ば、馬鹿な事言うんじゃないよ。あたしは好きでこんな事……」
「好きなくせに。私に気持ちいい事、初めて教えてくれたのだって、姉様じゃない。それに、男の人に色んな事されてる時の姉様、とても幸せそうだもの」
お理津は何も言い返せなかった。自分は淫乱であると、知っていながら認めたくは無かった。
「……本当は、あたしみたいなのが、紫乃ちゃんを拾っちゃいけなかったのかも知れない」
「ううん。親に売られたも同然な私に、行く場所なんて無かった」
お理津にしても似たような境遇である。行く宛てもなく、橋の下で震えていた頃があった。最初は生きるために仕方なく体を売っていた。嫌で嫌で仕方なかった。しかしいつしか心の奥底で、沢山の男に抱かれる事を求めていた。そこには目を背けたくなるような、もう一人の自分。そして初めて紫乃を見た時、まるでそんな自分を見ているような気がした。
「今日のお理津姉様、すごかった。あんなに感じられるなんて、羨ましかった。だから、左平次様が言ってたように、早く姉様のようになりたい」
元はと言えばお理津が夜の闇に引き摺り込んだも同然だった。しかも、抱いてくれない与兵衛に対する欲求不満から、彼女を使ったのだ。一人で下帯を濡らしているのは嫌だったから。そうだ。一番いやらしいのは紫乃ではなく自分だ。
「お理津さん。いえ。お姉様。どうか私を与兵衛さんの代わりには、しないでください。紫乃を、抱いてください」
お理津は、紫乃を強く抱き締めるのであった。
風の匂いが変わった。過ぎ去った夏の暑さの代わりに、少しばかり高く感じられるようになった空の下、城下町に与兵衛が帰ってきた。
長屋の狭い部屋は雨戸も閉められたまま、黴(カビ)臭く澱んだ空気に満たされている。
「どう言う事だ」
前を向いたまま、傍らに肩を並べる久間に声を掛けた。
「どうもこうも無え。半月も前だったか、急に二人とも消えちまったんだよ」
握る拳に力が入る。
「一体、何が有ったと言うのだ」
「さてなぁ。俺も市中を廻っているが、全く姿を見ねえ。本当にいきなり消えちまったんだよ」
土間で膝を崩す与兵衛。
「なぜ、待っておらんのだ……」
「夜鷹なんてなぁ気まぐれなもんさ。その内ひょっこり戻って来るんじゃぁ無えか?」
それは慰めの言葉に他ならないと、与兵衛も知っていた。文字でも書ければ、せめて手紙ぐらいはあっただろうか。しかし丁寧に片付けられた調度品。しっかりと閉ざされた戸板。これらが、人拐いなどではない事を物語っていた。
「お理津……」
肩を落とす与兵衛を、久間はただ冷めた目で見下ろしていた。
月が丸い。その明るさは、庭の石燈籠の影を苔の上にくっきりと映すほど。城下を川沿いに一里も歩いた田園に、忘れ去られた廃寺がある。廃寺と言っても床が綺麗に磨かれている事から、手入れをする者が居ると知れる。
夜な夜な本堂で開かれる宴は鈴虫の声に奏でられ、しかしながら合間に聞こえる呻きや喘ぎ。男たちの顔は貪亂に醜く歪み、その様相はまるで魑魅魍魎の酒盛り。
久間とその岡っ引きの喜作、町方与力の峰岸、それに長屋の大家、左平次。酩酊する四人の男たちの中心に仰向けで横たわるふたつの肢体は、お理津と紫乃であった。揺れる蝋燭の炎に照らされる中、絡み合う女体。
寺には沢山の供え物があった。近在の百姓たちが持ち込んだ物である。そのお陰でお理津と紫乃は暮らしには困らなかったが、昼夜問わず訪れる百姓たちの相手をすべく足を開いていた。ここに居る四人もまた、足しげく通い詰めている。
結ばれる筈も無し。と、言い切ったのは峰岸であった。役目を持つ武士と夜鷹風情では身分が違い過ぎる、と。結ばれるためには与兵衛が役目を捨てひっそりと内職に勤しむか、ともすれば武士という身分を捨てる他、あらずと。左平次も久間も、口を揃えて峰岸に同意した。
「紫乃は幸せです」
お理津の腕の中で言った。膝頭に自らの股間をこすり付けながら。揺れる蝋燭の炎に照らされる中、四人の男など意にも介さぬと言った体(てい)で。
お理津もまた、この快楽の海に溺れていた。いけないと言いながらも体は求めている。無情な毎日なれど、与兵衛への想いは愛撫によって塗り潰されてゆく。人々の性欲を満たすために自分は産まれてきた。いつしか、そう思うようにもなっていた。
やがて絡み合う二人に幾本もの手が伸びて来る。燭台の火は消され、月光の照り返しだけでは誰が誰かも判らぬ混沌。闇の中でしかし、お理津と紫乃はしっかりと手を繋ぎ合っていた。陰唇も口もなぶられ、幾つもの乱れた息は不協和音。揺れる板の間。
人とは思えぬ咆哮が響いた。虫とも獣とも違う。気をやる中でお理津は恐怖を感じ始める。膣内で暴れるのは男、の筈なのに、まるで別の生き物のようにうねる。肥大化する。現実は闇に隠され、月夜に目覚めた欲情の魔物が暴かれる。脂肪の乗った腹の上は、雲の上にいるみたいで、背中にのし掛かる紫乃もまた後から突かれているらしく、波打つ肉布団。
梟の声は眠気を誘う。幾つもの寝息の中、人肌に包まれるお理津は安らぎを覚えた。
……誰でもいい。
誰かの腕の中があたしの寝床なんだ。思えばあたしは、本当に与兵衛さんの事が好きだったのか。
ただ、あの男に抱かれたいと願っていただけじゃないのか。
女房になるなんて最初から無理だって知ってた。
夜鷹はあたしの天職だったんだ。
数え切れないほど男に抱かれて来たけど、抱かれてなければ狂ってしまう。
たぶんあたしは狂ってしまう。
一人眠れぬお理津は、濡れ縁に腰掛け月明かりを浴びる。火照った体を夜風に晒す。紫乃も自分も、産まれながらにして夜鷹なのかも知れない。今の自分は本当は幸せなのかも知れない。そう、彼女は思った。
―完―
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