重い雲が垂れ込め、降るか降らないか釈然としない空の下、旅支度もそこそこに旅装束の与兵衛。別れを惜しむ暇(いとま)も無し。
「本当に、行っちまうんだね」
「ああ。達者で暮らせ」
遠巻きで陰口を叩く長屋の女房たちにも笑顔を向ける与兵衛。
「暫くお役目で居なくなりますが、その間こいつらに留守を任せます。宜しく頼みます」
女房たちは愛想笑いで返すと、手をひらひらさせながら各々の戸口へと消えて行った。
「待ってるよ」
「ああ」
お理津の後ろで紫乃は何も言わずに深々と頭を下げる。
「では、行って来る」
お理津は昨夜の彼の言葉を胸に待つ事に決めた。そして長屋の門を出て見えなくなるまで、その姿を見送った。
「行っちまったねえ」
中へと戻り、しんと静まり返った部屋を眺めて溜め息。傘貼りの道具は押し入れに片付けられて、いつになく広々としている。
「この先、どうなっちゃうの?」
お理津は紫乃の手を強く握った。
「言ったろ。あんたは私が守るって。何も心配する事なんて、ないさ」
だが、その声は震えていた。暫くして、ぽつり、ぽつりと、庭の葉を叩く音。
お理津はその日から、毎日のように紫乃と肌を合わせるようになった。与兵衛の居ない寂しさを埋め合わせるかの如く。ただ、満たされないのは紫乃も同じ。止めどなく溢れ続ける欲求と、決して消える事の無い孤独。
「私、たぶん病なんです」
「具合でも悪いのかい?」
「いつもあそこが疼いたまんまで、こうしないと駄目なんです」
弄り合う。堕落か。それとも本当に壊れているのか。お理津には分からない。もうどれだけ抱き合っていただろうか。外はすっかり暮れていた。
突然戸口を叩く音に、二人は飛び跳ねるように驚く。与兵衛が旅立ってから、初めて叩かれた戸板。
「ど、どちら様?」
「俺だ。紀之介だ」
「なんだ、旦那かい」
久間である。お理津は襟元を正して、戸口の閂を外した。
「なんだとはご挨拶じゃねえか」
行灯に浮かび上がる久間の顔。その奥にもう一人、見馴れぬ男が立っていた。
「部屋を使わせて貰うぞ。大事なお客様だ」
行灯の火を消すと、もう片方に携えていた大徳利をお理津に手渡した。
男はどうやら侍らしい。差し出された大小の拵(こしら)えを、すかさず紫乃が受け取る。武家に奉公していただげあってか、その所作は自然である。
「この方はな、町方与力の峰岸様だ」
実直そうな眉の下に窪んだ目許。暗く光るその目は、お理津の爪先から顔までを舐め回す。
「ほう、なかなかの器量良しではないか」
一文字に引き締まった口の端を微かに吊り上げて言った。深々と頭を下げるお理津。
「そんな滅相もありません」
紫乃は押し入れから客人用の蝋燭を出して来て火を灯す。そんな小気味良く動く彼女に、久間が声を掛けた。
「紫乃。久しぶりだな」
「へ、へえっ!」
弾かれるように向き直って膝を正し、土下座。
「心配すんな。何も咎めたりはしねえ」
「へえ!」
「その代わり、くれぐれも粗相の無ぇように……分かってるな」
その歪んだ笑顔は床に額を擦り付ける紫乃からは見えない。峰岸はすでに久間と茶屋で話して来たらしく、二人して顔が赤かった。しかしまだ飲み足りない様子で、お理津の酌も一気に飲み干す。
「さて、私はこれで退散します。ごゆるりとお遊び下さい」
「おお、すまんな久間。……二人とも、好きにしていいのだな」
「左様で」
「だ、旦那、紫乃ちゃんは……」
「お理津、分かってんだろ。ご無礼の無いように」
それだけ言って、久間は紫乃を呼び付けた。そして、袖の下から一分銀を彼女の手に忍ばせる。
「手当てだ。これでお前たちも暫くは食えるだろう」
紫乃はその四角い粒を見つめ、握り締める。振り向けばお理津は峰岸に小袖の帯を解かれていた。
「お理津と申したな。いい体をしておる。肉付きが無いのも俺の好みだぞ」
濡れ易い性分なのか。故に夜鷹も続けて来れたのだろう。お理津は座ったまま裸けた胸を吸われ、既に喘ぎ声。紫乃は膳を下げて布団を敷く。そして水を満たした小さなタライを枕元に置き、手拭いを湿らせた。気が付けば久間はもう居ない。
「ほう。気が利くではないか」
終始無言で峰岸の額の汗を拭う。締め切った部屋は蝋燭の炎が揺らめくだけで、峰岸とお理津の肌から噴き出す汗粒を輝かせていた。
「紫乃と言ったな。俺の帯も解いてくれ」
峰岸はお理津を布団に寝かせ、紫乃に手伝わせながら肌を出してゆく。脱がせた着物を彼女は丁寧に折り畳み、下帯も緩める。現れた玉鞫は、すでに怒張。
「んぁ……」
目の前で繰り広げられる絡み合いを見詰め、息の荒くなる紫乃。立ち昇る淫靡な湿気を胸一杯に吸い込んで、ため息。
「この濡れ様、益々気に入ったわ」
「ん……峯岸様の指が、お上手なんですよお」
「はは、言うわ。ならばもっと濡らしてやろう。おい、お前も手伝え」
ほんの一瞬、紫乃の目が輝いたのを、峯岸は目敏く見逃さなかった。乳房は紫乃の指と口、下半身は峯岸の指に攻められ、身を捩るお理津。紫乃は彼女の感じる壺をすっかりわきまえているようで、突起の周囲を羽のように躍る。
「どうだ」
「はっ……狂って、しまい、ます!」
「ははは、狂ってしまえ狂ってしまえ」
二本指、怒涛。ほとばしる淫汁。仰け反り背中を浮かせる細い肢体。
「逝くっ!」
「逝かせぬ!」
ずばり、と、指を引き抜く。時が止まる。
「まだ逝かせぬ」
ふるふると揺れる、朱火(あけび)のような肉の房、ふたつ。その色付いた果肉の間に間に、めくれた臓腑。燭台を、近付け照らせば果汁がこぼれる。この、有り様。
「この女、楽しませてくれるわ」
「ご、後生です。やめないで下され」
「こやつばかり可愛いがってはつまらぬだろう。なぁ、紫乃とやら。お前も脱ぐのだ」
「駄目……紫乃ちゃんは……」
お理津の訴えは虚しかった。紫乃はこくりと頷き、自らその帯を解く。
「さあ、尻を寄越せ」
仰向けのお理津に覆い被さる形で、紫乃。四つ足となり尻を突き出す。
「なんと。まださして使われておらぬでは無いか」
「その通りで御座います。紫乃はまだ、おんなになり切れておりません」
「そうか。ならば仕込んでやろう……ぞっ!」
「ひあっ」
両の掌で尻を割り、顔を埋める。粘膜と粘膜を擦り合わせ、ぬるりと伸びる舌の侵食。
「かふっ」
紫乃が息を吐いた時、お理津と視線が繋がり合った。紫乃の目はお理津に対する憧れ。が、お理津のそれは憐れみを浮かべる。
「紫乃ち……」
言葉は唇に吸われてゆく。鼻息が互いの頬を擽る。唇が離れた時にお理津が目にした物。それは少女とは思えない、暗く妖艶な微笑み。何かを言おうとした。だが、暇(いとま)も無く突き立てられ壺を満たしてゆく峰岸の肉棹。口から漏れたのは、声になれなかった熱い空気。お理津は溺れてゆく。
「さてはお前、すでに濡らしておったな」
「……言わないで下さいまし」
絞り出すような声で紫乃。広げても狭い入り口の中は闇。お理津を突きながらも、体内の暗がりを覗き見て口の端を吊り上げる峰岸。紫乃の目の前には、目も口も半開きなお理津が揺れる。
「どれ」
「は」
指が造作もなく。
「それ」
「ん」
二本目も然り。
「ふむ」
「んんん」
お理津の頭を抱きかかえるように、しがみつく。
「こら、腰を動かすな」
「でも、でも……」
勝手に上下、止まらず。止める事が出来ず。そして二人のおんなの声が、動きが重なり合ってゆく。
「だっ、逝くっ」
「逝かせぬ!」
ずばり。肉棹が抜かれた。お理津の淫汁にまみれたそれは、上のもうひとつの壺へ。
「痛っ!」
紫乃の顔が歪む。細腕でお理津の頭を締め付ける。
「紫乃ちゃん……」
「だ、大丈夫……です」
体を密着させるお理津は、小刻みに震える振動と熱い程の火照りを全身に感じ取った。愉悦が伝染する。乳頭が擦れ合う。
「せ、狭いな。これではすぐ出てしまう」
抜いて深呼吸。気を整え再び下の壺に。二人の淫汁が混ざり合い、いよいよ滑り良し。
「くっ」
お理津と紫乃が共鳴し溶け合う。そして骨が軋まんばかりに抱き締め合い、共々昇りつめてゆく。峰岸は圧着された二つの谷間に分け入るが如く踏み入れ、上下の敏感な芽を同時に蹂躙。激しき摩擦。容赦無し。
「も……だめ……」
「あたしも……」
「参る!」
谷に精汁が注がれ、花が咲き乱れる。
三人が三人、共に天へと昇り詰めた。
やがて浮遊感から急降下。この暗い長屋の一間に墜ちてゆく。
墜ちたこの部屋は、地獄かも知れない。それは、お理津と紫乃の感じた事であった。
「お前たち、気に入った。大層気に入ったぞ。これ程楽しめたのは久しぶりだ。今度俺の屋敷に来い。たんと可愛がってくれよう」
ぐったりと重なり合う二つの女体は、返事をする活力も費えていた。峰岸はそんな二人を後目に、満足顔で帰って行くのであった。
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