河原の道をさ迷う紫乃の姿はまるで幽鬼のようであった。幸いだったのは彼女を最初に見つけたのが、お理津だったという事。
「紫乃!……紫乃ちゃん、だよね?」
茫然自失とはこの事だろうか。目の焦点は合っておらず、お理津は一瞬言葉を失った。
「さ……探したんだよ! 部屋に行ったら、あんた居なくって。一体どこほっつき歩いてたんだよ! 何されたんだよ!」
肩を揺さぶると、紫乃はやっとお理津の目を見た。
「おじいちゃんが、死んじゃったの……うふ……はは、あはははっ」
急に笑い出した紫乃にぞっとする。気がふれてしまったのではないか? と。
「しっかりおし!」
「私、人、二人も殺しちゃったぁ。あははっ」
川沿いの先、松並木の向こうが赤いのは、まさか。抱き締めて頭を撫でる。とにかく、落ち着かせなければならない。
「いいから。与兵衛さんとこに帰ろ」
心が壊れてしまったのではないかと、怖くてたまらなかった。長着を脱いで紫乃に羽織らせ、お理津は下衣一枚となって紫乃の手を引く。
「私、もう大丈夫だよ? 男の人とだって、寝れるんだよ?」
「あんた、まさか……」
「私、もう子供じゃないよ?」
ぶつけ処のない憤りがお理津を襲った。こんな事になるのなら、紫乃を一人にするんじゃなかった。
「だから、私、もう誰にも苦労かけないから……」
「馬鹿だよ……馬鹿だよあんたは!」
「別に私、好きじゃない人にされても平気だよ。だって、こんなに気持ちよくって、全部忘れられて」
お理津は昔の自分を思い出させられた。十四の夏、彼女は引き取られた先の叔父に犯され、その時に心が死んだ。丁度、こんな風に。
やがて与兵衛の住む長屋に着くと、部屋から灯りが漏れていた。ぴしゃり、と、傘を貼る音がする。
「おお、帰ったか……って、どうしたんだその格好は!」
「何でもないよ」
二人のただならぬ姿を見て驚き、手を止めた与兵衛。しかしお理津はそれ以上何も言わず、大ダライを用意して水を汲みに行った。やがて井戸から戻ると桶からタライに水を移し、紫乃と二人、行水をするため裸になる。紫乃は股間から、お理津は背中からそれぞれ血を滲ませており、唖然とする与兵衛。
「お前たち……」
紫乃を腰まで水に浸からせ、膣の中を洗ってやる。
「痛いかい?」
「ちょっとヒリヒリするけど、平気」
水の中で指を差し入れると、まだ残っていた精汁が水に溶け出す。
「んっ……」
奥の方を掻き回すように濯ぐと、紫乃は吐息を洩らしてお理津に抱き付いた。
「こら。感じてんじゃないよ、この娘は」
「……だって」
体はまだ敏感なままだった。タライの水が仄かに赤く染まる。
「さ、今度はあんたが私の背中を洗っておくれ」
背を向けるお理津。擦り傷に砂が付着し、土で汚れている。
「実は私、見てたんです。お理津さんが河原で男の人としてたの」
振り向こうとしたお理津は、傷に水が沁みて動きを止める。顔が赤い。
「……こ、ここで待ってなって言ったじゃないか」
「一人でじっとしてるのが嫌だったから……」
静かな水音が狭い部屋に響く。与兵衛は何も言えず、目のやり場にも窮し、ただ無言の背中を向けているのみ。手が止まっている所を見るに、話は聞いているようである。
「でも、あんな所であんなにされてるの見ちゃって、私震えてばかりで何も出来なくって」
「痛っ」
紫乃は優しく傷口に触れ、そのみみず腫をなぞらえた。
「怖かったけど、でもあの時のお理津さん、すごく綺麗だった。あの時私、やっぱり姉さんみたいになりたいって思ったの」
やがて指を前に這わし、背後から胸をまさぐる。
「だから駄目だって。私みたいに……んっ」
「姉さんが教えてくれたんじゃない。こういうこと」
確かに。紫乃を目覚めさせてしまったのは自分かも知れない。
「また昼間みたいに……して」
「い、今は与兵衛さんが……」
やはり紫乃は壊れてしまったのかも知れない。そう、お理津は感じずには居られなかった。
「与兵衛さん……」
紫乃の声にびくり、と、丸まった背中が揺れる。
「お理津姉さんはね、与兵衛さんに抱かれたがってるんだよ。本当は与兵衛さんと、したくてしょうがないんだ」
「なっ!」
「ば、馬鹿! 何言い出すんだよこの娘は!」
背中に貼り付き、右手で胸を、左手で股間をまさぐる紫乃。お理津の顔は紅潮し目を潤ませていた。ちらりと覗き見る与兵衛の顔もまた、赤い。
「ひとをからかうでない」
お理津と目が合い下を向く与兵衛。確かにお理津は彼を誘惑したりもするが、半分本気で後の半分は冗談めかしており、彼もまた照れているのか、はぐらかしてばかり。だが彼のそんな生真面目な面にも彼女は惹かれていた。
「お理津姉さんのこと、嫌い?」
「いや、その……なんだ。こういうものには順序という物があってだな。い、色々と難しいのだ」
不思議な関係であった。与兵衛を寄り木としながらも体の関係は無い。
「与兵衛さんがしないんなら、私がしちゃうよ?」
そう言って紫乃は前に廻り、タライの中で正座するお理津の膝に跨がって唇を重ね合わせる。
「んっ」
紫乃の指がお理津の中へと入ってゆく。彼女の視線の先には与兵衛。彼の視線もまたお理津へと注がれ、交差している。彼に見られている、そう思うだけで体の芯が熱くなる。
紫乃は腰を前後させ、お理津の腿に尻を擦り付けながら彼女の乳首を吸い上げた。タライの水が波打ち、土間へと溢れる。
「紫乃ちゃん。何が……あったの?」
「んんっ」
それには答えず、俯きながら肩を竦めて下半身は淫ら。震えながら押し付けられる熱い粘膜を、お理津は膝に感じていた。この娘の本性は自分以上に助平なのかも知れない。お理津は腕で、その背中を包んだ。結っていない紫乃の黒髪が吐息に揺れる。
「お前たち、そんな所でじゃれ合っていたら体冷やすぞ。さっさと上がれ」
二人は顔を見合わせて含み笑いを浮かべた。タライから上がり手拭いで互いの体を拭く。
「与兵衛さんも一緒に、じゃれ合わないかい?」
「人をからかうな」
与兵衛は立ち上がり乾いた傘を片付けて二人分の床を敷いた。布団は二枚しか無い。そして台所から酒器を持ち出し、そのまま畳の上へとごろり寝転び、手酌で晩酌。土間に向かって立て肘をつき、床の上の二人に背を向ける。
「ふむ……」
酔えない。すでに子の刻を回るが、眠くもない。菜種油が勿体無いとも思うが、悶々として眠れないのだ。酒で誤魔化そうにも、淫靡な空気は消せなかった。
「お理津よ。俺は仕官する事に決めたぞ。先ほど久間に口利きを恃んで来た」
「え?」
「俸禄と傘貼りだけでは、どうにも食えんからな」
無論、紫乃を食わせる腹づもりでの事。仕官して役柄を得れば、内職よりも多少は食い扶持の足しにはなる。
「あんた、朝起きれんのかい?」
「馬鹿にするな。やろうと思えばやれる。やろうとしなかっただけだ」
紫乃はこの時、久間の名前に戦慄した。依然身を忍ばせる境遇なのである。お理津はその様子に気付き、無言で彼女の頭を撫でた。しがみつく紫乃。
「ありがとう。与兵衛さん」
お理津は横向きの背中に言った。
「ふん、別に礼を言われる筋合いはない」
ちびちびと杯を重ねる。しかし、与兵衛下半身は困った事になったまま。
「それはそうとお前たち、その……よくも女同士でまぐわえるな」
首を捻って視線だけを二人に向け、言った。床の上では二人が裸のままで抱き合っている。
「いいじゃないか、気持ちいい事したって。そもそもあんたが……抱いてくれないのがいけないのさ」
悪戯っぽく言ったつもりだった。しかしお理津の顔は真っ赤である。
「お、俺のせいにするな」
「女は嫌いかい? もしかして、男色なのかい?」
「違っ……俺だって女は好きさ」
「なら、あたしの事が……嫌いなのかい?」
「いや、そうでは無くてだな、その、武士として……」
「もぅ、堅っ苦しいお人だよう。おまけに面倒臭いときてる」
「なっ」
お理津は這うようにして与兵衛に近づき、懐に手を差し入れる。
「でも、そんな所に惚れちまってんだ……」
固まる与兵衛。その唇は強引に塞がれた。手探りで帯を解かれると、苦しげに脹らみきった下帯が露となる。
「あら! すっかり元気じゃないか」
「うるさい」
お理津ははち切れんばかりのそれを解き放った。隆々とそそり立ち脈打つ与兵衛を目の当たりにして、彼女の心の臓も高鳴る。
「すごいよ紫乃ちゃん、見てごらんなよ」
恐る恐る近づく紫乃。
「こんな立派なもん見たの初めてだよ」
ふと、行灯が消された。たまらず息を吹きかけたのは与兵衛。暗転した畳の上で、お理津は紫乃の手を取る。光とともに音も消えた中で、四つの手が与兵衛の股間を這い回る。
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