「じゃぁ決まりだね」
城戸先輩といかに抜け駆けするかを思案していたのに、先輩は僕と二人きりでなくてもいいらしい。結局森下の半ば強引な提案のために、三人で飲みに行く事となってしまった。
チェーン店居酒屋は学生たちのバカ騒ぎで、森下は水を得た魚。
「お前、同期の連中と飲みに行ったりしないのか?」
「なんかあいつらノリが悪いんスよ。すぐ家に帰っちまって」
確かに飲み会などを開こうと言い出す人間は、新人に限らず少なかった。僕もまた、煩わしくて言い出したりもしなかったが。
「城戸さんは、普段飲みに行ったりなんかしないんスか?」
森下は僕の右隣に座る先輩に視線を移してそう言った。
「アタシは、家に帰ってから缶ビール飲むぐらいね」
「一人で?」
「そ、そうね」
「えー、寂しいっスよそれは。彼氏とか居ないんスか?」
怒涛の質問攻撃。やはりコイツの目当ては城戸先輩だった。テーブルにザル豆腐と枝豆が運ばれて来る。
「居ない……かな」
「勿体ないなぁ。城戸さんだったら名乗り上げる男いっぱいいるでしょうに」
ここに居る。そう思いながら僕はジョッキを煽りつつ、横目で先輩を覗き見る。
「彼氏かぁ。欲しいわね」
先輩は枝豆をくわえつつ、僕を見詰めながらそう言った。一瞬目が合ってしまい、心臓が跳ね上がる。僕は顔が赤くなるのを隠すために俯いた。
「俺みたいの、どうスか? 俺、全然空席っスよ」
「でも、森下くんかなり年下じゃない。わざわざアタシなんか相手しないで、若い娘と付き合いなさいよ」
「歳の差なんか関係ないっスよ。ねぇ、新倉先輩」
「え、あ、ああ」
いきなり振られて狼狽える。その時、右膝に添えられる先輩の左手。テーブルの下で森下からは見えない。彼女を覗き見ればいつもと違う顔つきで、また変なスイッチが入ってしまったのだろうか。
「そりゃアタシだって、好きになっちゃったら歳の差なんか気にしなくなっちゃうけど」
テーブルの下で僕の手を握り締める細い指。かと思えば手の甲をいきなりつねる。
「でしょ? だから俺だって可能性あるって事っスよね」
僕は痛みに耐えながら苦笑い。先輩はそんな僕を見詰めながら悪戯っぽく微笑んだ。
「アタシね、昔、裏切られたり酷い目にあったりして、男と付き合うのとか面倒になっちゃったんだ。ちゃんとした彼氏とか居ないまま、もう十年ぐらい経つかしら。男運悪いのよね」
今度は優しく撫でられて、手のひらに汗が滲む。テーブルの上ではビールと唐揚げが運ばれて来ると同時に空いたジョッキが下げられる。
「恋愛に臆病になっちゃってるんスか?」
「そうね、だから、もし好きになれそうな人が居ても自分から逃げちゃったり、その場かぎりになっちゃったり……」
言葉は全て僕に向けられているような気がした。思い上がりかも知れない。だけど手から腿へと滑る手が、その全てを肯定する。
「苦労してるんスねー」
「そうよ。君みたいなガキには理解できないくらいね」
一刀両断、いきなり牙を剥き出した先輩。その場の空気が凍り付く。
「き、厳しいなぁ。城戸さん、かなり酔ってます?」
初めて見るパターン。仕事中とも、彼女のマンションに上がり込んだ時とも違うスイッチが入っている。
「酔ってるわよ。ちょっとお手洗い行ってくるわね」
そう言い残して彼女は席を立った。姿が見えなくなった途端、身を乗り出してくる森下。
「ちょっと先輩、なんスかあれ。城戸さんてあんなキャラでしたっけ?」
「うん、俺も初めて見たし、ビビった」
「もしかしてあの人、スゲー酒グセ悪いんスかね」
「かもな」
「やっぱ敷居高いなぁ城戸さんは」
森下は下がったテンションを回復せんとすべく唐揚げを一口で頬張り、新しく運ばれて来たビールで流し込んだ。
「僕もちょっとトイレ行って来るわ」
これで森下も先輩の事諦めてくれるだろうか。そんな事を考えていたら、ちょうどトイレから出て来た先輩とすれ違った。
「あ、新倉くんもトイレ?」
「はい。大丈夫ですか? 先輩」
「ちょっとペース速かったかしら。ねぇ新倉くん、今日はちゃんとアタシの事、送って行きなさいね」
「あ、はい」
まさか、とことん飲むつもりじゃ……。
「でも森下くんてさ、見てる分には面白いわね」
「まぁ、アイツ分かりやすいですからね」
「もうちょっとイジメちゃおうかしら」
悪だ。先輩が悪に見える。彼女は多少ふらつきながら席へと戻って行った。
エンジンのかかった先輩は誰も止める事が出来ない。増え続ける空のジョッキと反比例して減り続ける森下のテンション。
「あれだけキツけりゃ、確かに彼氏も出来ませんよね」
会計を済ませていると森下が耳打ちしてきた。
「だから言ったろ? 手、出さない方がいいって。よりによってお前、会社の先輩とか口説こうとすんなよ」
店を出てもまだ九時を回ったばかり。それでも森下はすっかり疲れた顔をしており、二軒目に行こうとも言わずに帰って行った。
「あー、なんかスッキリした」
「新人へこませてストレス解消しないで下さいよ」
残業サラリーマンとホロ酔いサラリーマンで電車は混んでいた。僕は必死に吊革に掴まりながら、凭れ掛かる先輩の体重を支える。
「そんなつもり無かったわよ。だいたい森下くんがグイグイ来たのよ。それとも、アタシがアイツと付き合っちゃっても良かったの?」
「まさか。それは有り得ないでしょ」
先輩は僕に抱き付くようにしがみつき、胸元に顔を押し付けながら話す。
「ちゃんと、付き合うなって言いなさいよ」
「先輩……」
眼鏡が胸板に刺さって痛い。
「嘘でもいいから、俺だけの物だって言って」
「……いいんですか? 僕なんかが先輩を独占しちゃっても」
顔を上げた先輩と見詰め合えば、ズレた眼鏡の奥に潤んだ瞳。
「アタシ、新倉くんの言う事だったら、何でも聞くよ?」
僕の家の二つ手前の駅。プラットホームは夏を予感させる虫の声。家路につく人々の波が引き、残された僕たち二人は抱き合っていた。
「先輩。僕、先輩の事、好きです」
「律子って呼んでよ」
「律子……さん」
「アタシもね、好きになっちゃったみたい」
風と共に快速電車が通過する。その轟音の中で唇を重ねた。アルコールに混じって香水の匂いが鼻腔に広がり、僕の頭を痺れさせる。
図々しいと思っていた森下の積極性が、今では少し羨ましく思える。頼りない自分。いや、ただ単に自信が無かっただけなんだ。一人ベッドの上で悶々としていた自分。歳上とか先輩とか関係なく、本当は自分の気持ちを、もっと早くぶつけるべきだったんだろう。
僕が掃除したお陰で多少サッパリした部屋。なのに二人とも、明かりを点けるなり荷物を放り投げる。靴も上着も床に散らかる。
「待っ……」
ソファーに倒れ込む先輩。覆い被さる僕。貪るように、強く彼女を抱き締めた。
「律子……」
抑えきれない衝動のままブラウスのボタンを外そうにも、その手は震えて上手く外せない。
「アタシ、自分で脱ごうか?」
「あ、すいません」
笑っている。僕にしか見せないような笑顔で。
「もう、敬語とか無し。会社じゃないんだから」
「ごめん……」
「先に新倉くんから、脱がしちゃうね」
「いいですよ、自分で……」
「だめ。じっとしてなさい」
ソファーの前に立たされた僕は先輩のなすがままで、ネクタイもシャツも、そしてパンツまで脱がせてもらった。恥ずかしくて股間を隠そうにも隠れないほどに。
「元気……」
「うん……」
ソファーに座る先輩にまじまじと見詰められながらも、興奮している事を主張している。
「しゃぶってあげるわね」
上目遣いに見詰められて、僕はぎこちなく頷いた。二つだけボタンが外されたブラウスの胸元から胸の谷間が顔を覗かせている。やがて彼女は舌を這わし、おもむろにそれを口に含んだ。サラサラと髪が内腿を擽り、僕は置き場に困った手を彼女の頭に添える。先輩の口を犯している、そう思うだけですぐに昇り詰めてしまいそうになる。静かな部屋に啜るような音が広がり、気付けば彼女も自らの股間を弄っていた。
「んばっ、新倉くんの……おっきい」
ぎゅっと握られながら、お腹から胸へと柔らかな舌がせり上がってくる。僕は擽ったさに耐えながら、それでも乳首を舐められて体を震わす。
「ね、新倉くん、挿れてくれる?」
「う、うん」
そう言うと彼女はタイトなスカートをめくり上げてパンツを脱ぎ下ろし、片足をソファーの肘掛けに乗せながら足を開く。指で広げられた秘密の穴に、痛いくらい勃ちっぱなしの僕をいざなう。彼女の手が添えられ、そして僕と先輩は立ったままで繋がった。
「あっ……うー……」
正面から抱き締めながら、下半身は先輩の中に。暖かさに包まれながら、僕はその細い腰に手を回し、引き寄せるようにして奥まで。荒い息づかいが僕の首筋を撫でる。
「すごい……新倉、くん……いろんなふうに、して」
しがみつく先輩の体重を受け止めながら腰を小刻みに動かせば、摩擦が脳天に突き抜ける快感へと繋がる。ブラウスを通して感じる体温と柔らかさ。僕の顔にくっ付く彼女の乱れた髪を掻き分けて、その恍惚とした瞳を見詰めながら唇を塞いだ。
「ほん……んんん」
忙しなく舌を挿れ、口の中を探る。歯茎や舌、歯の裏側、上顎のざらつき。先輩の体の内側を侵し続けてゆく。彼女はびくりと震え、逃げるように頭を離した。
「だめ……アタシ、すぐ、イッちゃいそ……」
「先輩って、こんなにいやらしかったんですね」
「そんな……こと……」
後ろを向かせてソファーに手を着いてもらえば、突き出される小振りのお尻。その肉を左右に広げれば、恥ずかしげに閉じた肛門の下、僕を迎え入れようと口を開く膣。普段からは想像もつかない姿だった。でも、このブラウスと捲り上げたタイトスカートは紛れもなく仕事をこなしている時の格好で、僕はこの彼女のいやらしい姿を、ずっと眺めていたくなった。溢れ出た粘液に濡れる穴が、呼吸するように閉じたり開いたりしている。
「早……く」
先輩は頭をソファーに押し付けて、自らの両手でお尻の肉を左右に広げた。
「もっと見ていたい」
「恥ずかしいから、そんな見ないで……」
ぴたり、と、後ろから宛がう。するすると、吸い込まれてゆく僕の性器。皺だらけのブラウスには、しっとりと汗の跡。
「行きますよ」
深く、深く沈めてゆき、ついには僕の股関節が先輩のお尻に密着した。
「うぅー……」
いつもとは違う声色。僕は背中のブラウスを鷲掴みにして、腰を引いては激しく突き挿れるを繰り返す。お尻を叩くような音と合わせて、先輩の短い叫び声がワンルームに響いた。
「ひっ……いっ……くっ……」
勢いよく噴き出す液体が僕の下半身を濡らした。これが潮吹きと言うやつなんだろうか。どんどん溢れてきて、先輩の膝は痙攣。ついにはガックリと崩れ落ちてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「……うん」
ソファーに横たわる先輩。汗で額に貼り付いた髪を指でよけ、頭を撫でる。こうしていると、いつも見せる気の強さなど微塵も感じられない。
「もっと、抱いて……新倉くん」
「はい」
僕は先輩をベッドに連れて行き、裸にさせた。そして横たわる彼女と体を密着させ、全身でその素肌を感じる。お互い強く抱き合っていると、幸せに包まれてゆく。
「好きよ。新倉くん」
「俺も好きですよ。律子さん」
指を絡め合う。僕のデスクの上にいつも上がり込んで来ていた赤いマニキュアが今、僕の手の中に。
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