美咲はシャワーを浴び仮眠を取ることにした。看護師になって5年、あっという間だった。覚えることがたくさんあった。内科の病棟に勤務し、患者の声に常に耳を傾けるようにしていた。美咲が看護師を目指したのは、あの惨劇を目にしたことが大きな原因だった。愛する少年が血だらけになっていた。全裸の母の下になり、穏やかな顔をしていた。その場で手当てが出来たら命は助かったかもしれない、そう思っていた。そんな美咲の心の闇を見破ったのは内科医の相田医師だった。
「内藤さん、今夜食事に行かない?」初めて相田医師に誘われたのは2年前のことだった。
「すいません、わたし」
「さすが難攻不落の美咲状城、誰一人君を食事に誘えた医師はいない。でもわたしなら君と分かり合えると思うよ」
「はあ…」
「君は過去を背負っていきているようだね」
「えっ?」
「顔に図星だと書いてあるよ」
「…」
「話だけでも聞くよ」
「はい、お願いします」患者たちに相田医師のカウンセリングは好評だった。自分も心の闇をさらけ出すことで次の一歩が踏み出せるかもしれない、そう美咲は思った
個室のダイニングバーで二人は向かい合った
「内藤美咲くん、美咲でいいかな」
「ええ、相田先生のことは何と呼べばいいですか?」30代前半と聞いていたその医師は美しい目をしていた。
「親しくなった子にはいつもノンって呼んでもらってる」その言葉を耳にして美咲はしばらく口を半開きにしたまま動けずにいた
「どうした、美咲」ノンと名乗ったその医師は席を立ち、美咲の脇に腰かけた
「ごめんなさい、ちょっと」美咲はうつむいた
「よかったら、わたしの部屋で飲みなおさないか、美咲」耳元で囁かれた名前、それは初めてあの少年に抱かれた時、耳元で彼が変声期前の声で囁いたときとそっくりだった
「もう一回、名前を呼んでみてください」美咲は哀願した
「美咲」相田医師の声に美咲は涙が止まらなくなっていた
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