「姉ちゃん、すまん。紙ある?」
声色から切羽詰まった様子が伝わってくる。
「紙ですか?」
「おう、紙、ちり紙や。今トイレやねんけど紙なくてな」
「ああ、そういう。けど、男子トイレですよね?」
「こっからすぐ近くの多機能トイレやから、姉ちゃんも大丈夫やで、頼むわ」
「分かりました、今から向かいますね」
「おおきに、ほんま助かるわ。ほな」
電話はすぐに切れた。随分焦っているらしい。
さっきまで格好つけてた姿はどこへやら。
可笑しくてニヤニヤしてしまう。
やや母性をくすぐられつつも、
鞄にポケットティッシュがあることを確認すると、
私は男のいる多機能トイレに向かった。
『着きましたよー』
『鍵開いてるから入ってくれへん?今離れられんのや』
スマホからトイレの
ドアに視線を移すと確かに鍵は開いている。
ノックをしてそろりと
ドアを開けて中に入ると男がいた。
古いボクシング漫画の主人公のように
頭(こうべ)と両腕を力なく下げ、便器に腰掛けている。
スラックスは足首まで下げられ、
下半身は裸のせいか
何とも言えないシュールさと哀愁が漂っている。
「あの、紙持ってきましたよ」
鞄からポケットティッシュ差しながら言うと、
男がゆっくり手を伸ばしてきた。
ティッシュに届く距離まで手が伸びてきたと
思った次の瞬間、
突然手首を掴まれグイと引き寄せられた。
バランスを崩した私は、
男の胸に飛び込むような形で突っ込み、
大股開きで男の両膝の上に乗っかってしまった。
体勢を立て直そうとするが、
男が私を強く抱きしめる為、動けない。
「姉ちゃんええやろ?」
男がさっきよりも強く抱きしめながら言う。
肋骨が軋みそうだ。
「朝会った時からムラムラきてもう我慢できへん」
「姉ちゃんは賢いし、頑張り屋さんやし何より笑顔がほんまに可愛ええ。そんな子がどすけべになる所をまた見たくなってもうたんや」
男が両腕を解き、私を真剣な眼差しで見つめる。
「俺は姉ちゃんが欲しい、セックスしようや」
あまりに正直すぎる誘いに
一瞬私の時間が止まってしまった。
男はその一瞬を逃さず、
再び私を抱き寄せキスをする。
こんな朝から?これから仕事だよ。
こんな所で?
また彼を裏切るの?
拒む理由をいくら並べても、むしろそれらは
背徳感という名の媚薬に置き換わって
私の身体を淫らに燃え上がらせるだけだった。
熱い身体と蕩けた舌を絡ませて、
私は2度目の過ちの扉を開いた。
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