「すみません、お待たせして」
椅子にデンと腰掛ける男に声をかけた。
深いグリーンのテーブルには、
コーヒーと経済新聞が置かれており、
何やらチェックをつけているようだった。
「ええねん、ええねん」
私に気づいた男は返事をしながら
大丈夫と手で合図すると、座るように促した。
ネイビーのビズポロにスラックスを履いた男は、
いかにもビジネスマンといった格好で、
初対面の時とはだいぶ印象が違って見える。
「ごっつ早いやん」
「お待たせするのも申し訳なくて。それにわざわざ来て頂いているので」
「気ぃ使いやな、俺ここの人間やから別にええのに」
「え?」
「あっはっは、姉ちゃんと同じ会社(とこ)やないから心配せんで。それよりこれ」
男が革製のビジネスバッグから
淡いブルーの包装紙に包まれた箱を出した。
丁寧にリボンまでついている。
何なのか困惑したが、
すぐにそれが社員証だと察した。
周りに私が社員証を失くしたと
悟らせないようにしてくれているのだ。
男の気遣いに嬉しいを通り越して感心する。
「ありがとうございます、本当にごめんなさい」
「ええんや、そもそも渡し忘れる俺が悪い。ちなみにそれハンドメイドやで」
茶目っ気たっぷりに言う男を見ると、
私の表情もほぐれる。
そのまま男とコーヒーを飲みながら少し雑談した。
アルコールがなくとも男との会話は面白い。
盛り上がりが落ち着いて来たところで男が言う。
「ほな、俺はこれで。部下に若い子ナンパしてると思われるのもアレやしな」
男はニカっと笑いながら席を立つと、
振り返りもせずレジの方へ歩いて行った。
本音を言えばもう少し話したかったのだが、
男の意を汲んで、その背中を見送った。
1人になった私は、時計に目をやった。
まだ8時にもなっていない。
思いのほか余った時間と心の余白を埋めようと、
半分残ったホットドッグを口に運んだ。
それから5分後、男から着信があった。
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