<灰色の瞳 -その3- >
「そうか、大変だったな。」
心優しき先輩は、時折「うんうん」と相槌を打ちながら、
私の話を聞き終えると、
そう言ってビールを差し出した。
「その彼女、今はどうしているんだろうな。
幸せに暮らしていてほしいよな。」
お互いの近況報告をして、店を出た。
先輩と別れ、滅多に来ない都会の繁華街の外れを、
ひとりふらふらと駅に向かって歩いていた時、
聞きおぼえのある声に足が止まった。
「おにいさん、おにいさん。遊んでかない? サービスするよ。」
場末の風俗店の呼び込みだった。
茶髪のボブ、厚めの化粧。
やはり別人か?
確かめたい衝動と、知りたくない焦燥。
うつむき加減で、通り過ぎようとした。
こちらを見た。一瞬目が合った。
こげ茶色の瞳、やはり別人だ。
「せ・・・社長さん、社長さん。寄ってかない?」
足早にその場を通り過ぎた。
そのあと、何度も振り返ったが、彼女は一度もこちらを見なかった。
「声は似ていたが、やはり別人か。
こんなところにいる筈がない。
いや、いちゃいけないんだ!」
「マネージャー! おしぼり頂戴。 今日も暑いわ。」
彼女は、おしぼりを受け取ると、コンタクトを外し、
大きな灰色の瞳からポロポロとこぼれ落ちる大粒の汗を、
何度も何度も拭っていた。
-完-
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