「やっと信じたか」
目の前の少年がため息をつきながら呟く。
「えぇ~う、嘘だよねぇ?そんな…しかも何で私が責められてるのぉ…」
「それはコイツが…」
来島少年が私の後ろを指さすので振り返ると、10センチほどの女の子(?)がふよふよと浮かんでおり、バッチリと目があった。
〈あ、そろそろ説明かわろっか?〉
ぎゃーーー!とひっくり返りそうな私を無視して、女の子は薄く透けた黒い羽をパタパタと動かしながらニコニコと笑っている。
真っ黒なフリルのワンピース、ツインテールの艶々黒髪、尖った耳先…それはまるで。
「あ、あ、悪魔…召喚しちゃった…??」
〈違うよ~(笑)これは個人的趣味の格好♪
私は『呪いの取り扱い説明書』兼『アドバイザー』ってやつだよ〉
「の、呪いの…」
〈塔子ちゃん、来島くんのこと毎日恨んでたでしょう?〉
ギクッとする。
〈この世の中、恨み嫉みで溢れかえってるから珍しくないんだけど。ネットにもたくさん、相手を呪う方法が載ってるし。
まぁ大体が眉唾物だし、素人がやってもほとんど効果ないんだけどね。
時々塔子ちゃんみたいに変な波長があっちゃって、呪いがバッチリかかっちゃうケースがあるわけよ~〉
「呪いが…バッチリ…」
恐る恐る来島少年に目をやると、眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
〈でもね、いざ呪いが完成して、その後焦ったり後悔する人が多いのよ。
そこで私たちみたいな存在が手助けにくるってわけ。
そのためには可視化できたり喋れる方が便利でしょ?
だからこんな姿形でやってるってわけで~〉
混乱する頭を抱える。
「俺が今朝、こんな姿になってパニクってたらコイツが現れて…」
《え~来島遼太くん!あなたにはこの度、正式に呪いがかけられました~
呪いの送り主は「榊塔子さん」です。
呪いを自力で解くことは出来ませんので、どうにかして欲しい場合は、塔子ちゃんと交渉することをお勧めしまーす》
「それで、待ち伏せしてたわけね…」
「こんな姿、誰にも見せらんねぇだろ。
…榊に、呪いを解いてもらおうと思って」
「あ、あの…手助けって、つまりは呪いを解くってことですよね?」
〈二択だね。呪いを解いてあげるか、正しく呪いを使いこなして相手をとことん苦しめるか…
そのお手伝いを、私がしてあ・げ・る♪
もちろん送り主の塔子ちゃんに決定権があるよ~〉
「ちょいちょい、呪い解いてもらうためにここに来たんだろ!?
何だよ、とことん苦しめるって…」
〈だって来島くんは、塔子ちゃんが呪いたいって思ってた相手なのよ?
もっと苦しめたいって思う人もいるわよ~〉
「そんな…なぁ榊ぃ、頼むよ~」
お願い!と、来島少年は私に手を合わせてくる。
胸がざわつく。喉が苦しい。
「わ、私が…来島くんのこと…呪いたいくらいに傷ついてたって…分かってる?」
お腹の中に沈んでいた、嫌な気持ちが上がってくる。
「す、好きだったのに…大好きだったのに、あんな…ひどい別れ方…そもそも私のことなんて好きでもなかったくせに…」
「榊…あ…の、俺…」
「……いい気味だよ」
「え?」
「…来島くんなんて一生そのままでいれば良いのよ!人のこと簡単に傷つけて、自分が困ったらノコノコやって来て…」
グイッと彼の腕を掴み、ドアの外に追いやる。
「出てってよ!本当は顔なんて見たくないんだから!さっさと出てってよぉ…」
「えっ、あ、榊!ちょ、ごめんって。お願い、話させて!ちょっと…あっ」
バタンッ!ガチャッ!
相手は子どもだから、私の力でも簡単に追い出すことができてしまった。
ゴンゴンと外からドアを叩いて名前を呼ばれたが、無視し続ける。
泣いても泣いても、来島くんを思うと涙が止まらない。
しばらくすると「ごめん…」と小さな声で呟いたのが聞こえ、音も止んでしまった。
〈来島くん、帰ったのかな?こんな遅くに歩いてたら補導されちゃうかもねぇ~(笑)〉
小さな彼女は、可笑しそうにパタパタと羽を動かしている。
〈呪い、強くしちゃう?〉
「…知らない、もう関係ない」
〈ありゃ、放置パターン?まぁいいけど~〉
もう関わりたくない。呪いとか知らない。
〈仕事だから一応伝えとくけど、放置してたら最終的には来島くん、ダメになっちゃうからね〉
「…え?」
〈当たり前じゃん。彼の身体は今、13歳まで戻ってるの。
塔子ちゃんの呪い、ちょっと不完全でね。若返ったのは身体だけ。頭の中は25歳のままなの。
こんなの人間ではありえないことでしょ?
そのありえないアンバランスさが、どれだけの負担か想像つく?
呪いを強めて本当の子どもにしちゃうか、呪いを解くかしないと、来島くん壊れちゃうだろうね~〉
「え、なにそれ…嘘でしょ?」
〈私、嘘つきませーん♪
まぁ良いんじゃない?正直放置って1番フィジカル的にキツいだろうし。
彼、誰にも頼ることできないもんね~メンタル的にもだいぶキテると思うよ(笑)〉
「そんな…」
『ごめん…張り切って作りすぎちゃった…』
『うわっ、うまそう!全部榊が作ったの!?すげぇな~』
『お、美味しくなかったらごめん…無理に全部食べなくて良いから…』
『何言ってんの、すげぇうまい!ありがとうな、全部食うよ!』
『…ふふ、後でお腹痛くなっても知らないから(笑)』
「………」
〈塔子ちゃーん?〉
「…やっぱ無理」
腹立つけど、悔しいけど、でも…
大好きだった来島くんを本気で呪うなんて
「…無理だよ」
バタバタバタッ
来島くん、家に戻ってるの?
それとも、どこか行きそうなところ…
ガチャンッ
「…!!」
ドアを開けると薄暗い廊下に、小さな来島くんがちょこんと体育座りをしていた。
「く、来島くん…」
「はは、やっぱ開けてくれた。榊ってばお人好しだからなぁ…」
来島くんが、申し訳なさそうに笑う。
よく見たら、ブカブカのTシャツとズボン、靴もサイズが合わずにカパカパな状態。
こんな格好では周囲から訝しげに思われただろう。
「ご、ごめんね。来島くん、ごめん…ごめんなさい…」
「俺が悪かったんだよ。こっちこそ、テンパってキツい言い方してごめん」
「…呪い、解くから。ちゃんと解くから…」
春の夜はまだ寒い。
冷たくなった来島くんの身体をギュッと抱き締めながら呟いた。
*********
〈じゃあ塔子ちゃん、呪いを解くということでOK?〉
「お願いします…」
〈了解~〉
彼女の明るいOKサインを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
何やらパラパラと古い小さな本を読んでいる。
〈ふむふむ。えっとね、塔子ちゃんの呪い、結構「インの気」が強いのね。素人の呪いのくせになかなか厄介~〉
「い、陰の気…そんなどす黒いものが…私の中に…」
〈ノンノン、「陰」じゃなくて「淫」ね!
どす黒いっていうより、どピンクだね!キャハハ♪〉
「…は?」
ニヤニヤと笑いながら、彼女は説明を続ける。
〈塔子ちゃん、来島くんとのエッチ、充分に出来なかったんでしょ〉
ギクリとする。
「え、そうなの?」
「いや~何て言うか…そのぉ」
〈塔子ちゃんってばセカンドバージンだったから、かなり緊張してたもんねぇ(笑)
大好きな来島くんは自分を気持ち良くしてくれてるのに、自分は何のご奉仕も出来ない…もっと気持ち良くなって欲しい、自分が気持ち良く出来てたらフラれることなんてなかったかも…なーんて、毎晩飽きもせずモヤモヤしてたもんねぇ~〉
「そんなこと考えてたの…」
「うぅぅ…」
あまりの恥ずかしさに死にそうになる。
〈来島くんを恨めしく思う気持ちと、エッチした時の高揚感、もっとこうしてあげたかったっていう後悔…そういうのが複雑に混ざりあって…どピンク状態ってこと(笑)〉
「もう解説はいいから!どうしたら解けるか教えてよ!」
これ以上、来島くんに私の恥ずかしい気持ちを知られたくない。
〈呪いの原動力がこの「淫の気」だからね。これを解放してあげなくちゃ〉
「解放…?」
〈つまり、塔子ちゃんが来島くんとエッチして、来島くんが気持ち良くなったら…こっちでは射精って言うのかな?その度に少しずつ年齢がもとの状態に戻るってわけ♪〉
「はぁぁーー!?」
「せ、セックスしろってこと!!?」
目の前がクラクラする。
そんなバカみたいな話があるものか。
「しかも今の言い方、1回しただけじゃ完全に戻らないってことか?」
〈そうなのよ~塔子ちゃんの呪い、雑すぎてかかり方もこんがらがってんのよね。
上手にかけてたら1回で済んでたのに(笑)〉
「そ、そんな…」
「…俺がひとりでオナニーするとか、風俗行くとかじゃダメなわけ?」
〈ダメダメ~塔子ちゃんの淫の気、舐めんじゃないわよ!〉
「やめてぇ~~」
嘘でしょ、今さらフラれた相手とセックス?
来島くんも難しい顔をしていたが、覚悟を決めたのか私の手をギュッと掴んだ。
「榊…本当に申し訳ないが協力してくれ!
…嫌だろうけど、なるべく榊も気持ち良く感じるように、俺頑張るから!」
ドーンと来島くんを突き飛ばすと、小柄な身体は思いきり吹っ飛んだ。
「む、無理無理無理無理!!
いくら頭の中が一緒って言われても、目の前にいるのは中学生の男の子なんだよ!?
そんな子とセックスなんて…わ、私…淫行で捕まっちゃううぅ~~」
〈あ、それは大丈夫よ。13歳の来島くん自体はこの世に存在しないから。目の前にいるのは、見た目は13歳でもあくまで25歳の来島くんだから♪ノット条例違反なのです~〉
「榊…そういうことだから安心しろ。
これは合法ショタだ!存分に堪能してくれ!」
バッと手を広げる来島くんを前にして、私はめまいがしそうだった。
つづく
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