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17
投稿者:はるまき

*********

「ただいま~」

ガーー、ガコッガコッ、ガーガー…

家に帰ると、来島くんは鼻唄混じりで掃除機を掛けていた。

「た だ い ま !」

「わっ!あ、おかえり」

「…掃除してたの?」

「うん、掃除くらいは~と思って」

何だか、一緒に過ごした1週間の後片付けをされているみたいだ。

ここを出ていく準備をしているのかな…

じわっと視界がぼやける。

慌てて「ちょっとトイレ~」とその場を離れたが、途端にポロポロと涙が落ちてくる。

あぁもう、涙腺がバカになってる。

気持ちもぐちゃぐちゃで落ち着かない。

普通にしなきゃ、普通に普通に…

私は心臓を押さえながら、一生懸命に息を深く吸ったり吐いたりする。

ふぅぅ……うん、大丈夫。


「腹へった~夕飯なに?」

「今日はね、しょうが焼き」

「やった!俺すげぇ好きー!」

無邪気に笑う来島くんを見ると、胸がチクチクと痛む。

「…すぐ作るから、待ってて?」

「はーい」

バタンッ

「ん、何これ?」

冷蔵庫を開けると、そこにはピンク色の箱が入ってあった。

「あ、見つけた?」

来島くんはニヤニヤしながらこっちを見ている。

「その~何て言うか、お礼って訳じゃないけどさぁ、榊には迷惑かけたし…」

「これって…駅前の…」


『来島くん!ここ最近できたんだよ!チーズケーキがすっごい美味しいんだって!食べたいなぁ~』

『へぇ、こないだダイエットするって言ってたの、もう終わったの?』

『う……それは、えっと…でも、みなみちゃんが美味しいって…』

『へぇ~ふ~ん、榊のダイエットはすぐ終わるなぁ~』

『…っ、そんなことないよ!ちゃんとするもん!』

『はは、冗談だって。食べれば良いじゃん。行こうよ』

『行きませんっ!食べませんっ!来島くんひとりで行けば良いじゃん!』

『えぇ~榊が食べたいって言ったんじゃん』


「食べたいって言ってたじゃん。そこのチーズケーキ、絶品なんでしょ?」

来島くんが指差しながら、笑ってこっちを見ている。

「っ…!」

やばっ、と思うより先に、涙がボロボロッとこぼれた。

「え」

「あ、や、違…」

私は慌てて顔を隠したが遅かった。

「どしたんだよ、何泣いて…」

「ご、ごめん、違うの。こ…コンタクト!…が、ずれちゃって…やば、痛い…はは」

慌てて洗面所に行こうとしたら、後ろから腕を掴まれる。

「…コンタクトずれたって顔じゃないだろ」

だめ、見ないで。

「何かあったの」

何もない。何にもないんだよ、来島くん。

私たちの間には、もうすぐ何もなくなるんだよ。

来島くんは、この生活を終わらせようとしている。

それは当然のことなんだけど…だけど…

「榊?」

「…来島くん、会社に復帰するって連絡したんだね」

「へ?あ、あぁ。今週のうちには戻れるかなと思って。引き継ぎしかけてた仕事もあるし、なるべく早く…」

「っ…!」

『あいつ、俺たちに仕事の引き継ぎ頼んできてさ。もしかして、本社とかに異動じゃないよね?』

「え、それがどうか…」

「ごめんね!さっさと戻りたいよね!私のくだらない呪いのせいで、生活めちゃくちゃにしちゃってごめんっ!
あと1回セックスすれば終わるもんね?
は、早くこんな生活から…解放されたいよね」

「え、どしたの」

「もぉ~本っ当、ごめんね~
いくら元に戻るためとは言え、フッた女と何回もセックスするなんて、絶対精神的にキツいよねぇ。
あー本当、私が変な呪いなんかかけたせいで…」

「榊?いや、むしろ俺の方がいろいろ迷惑…」

「でもごめんっ!……ごめんね、来島くん」

もうだめだ。隠せない。

ボロボロと涙を流しながら私が顔をあげると、来島くんはびっくりした後、とても困った顔を見せる。

そんな顔させちゃってごめん。

だけど、もう…

「…もう、私…来島くんとセックス…したくない」


好きだから。

来島くんのことが大好きだから、これ以上できない。

自分から終わらせることが出来ない。

ごめんなさい。

来島くん、迷惑かけてごめんなさい。

私の涙は止まらず、喉は焼けるように熱くて言葉が出ない。

来島くんの手は私の頬に触れそうな位置にあったが、その手が涙を拭うことはなかった。

ザーーーー

外はいつの間にか雨。

もっともっと、大きな音を立てて降って欲しい。

私の情けない泣き声をかき消して欲しい。

**********

〈…で?私が空中散歩している内に、君は何をやらかしたわけ?〉

雨で濡れた羽をパタパタと振りながら、コニーは怖い顔をして俺を睨む。

「べ、別に変なことはしてない…と思う」

〈はぁ!?何もしてないのに、急に『セックスしたくない』なんて言う?〉

「シーッ!!あいつ部屋で休んでるんだからデカイ声出すなよ!」

泣きじゃくる榊を前にして、俺は何も言えず、何も出来なかった。

『…ごめん、今日は……ごめん』

フラフラとよろけながら、榊はそう呟いて部屋に入ってしまった。

「どうしよう、俺…相当榊に無理させてたのかな」

はぁ~とため息をつくと、コニーはトスッと頭に乗ってくる。

〈…全部が嫌々なら、ここまで呪いが解けることはないわよ。
ちゃんと、塔子ちゃんは来島くんのこと想ってたはずよ〉

「だけど…あんな泣いて、もう俺とはしたくないって…あぁ、でも普通そうだよな。自分をフッた男となんて…」

榊が俺に優しくしてくれるから、自分がどんなに傷付けてしまったか、つい忘れていた。

いくら事の発端は榊の呪いでも、そうさせたのは俺のせいなのに…

〈うーーーん…〉

唸るような声を出しながら、コニーは俺の頭の上で足をバタバタさせている。

「…今の俺、24歳なんだよな?もうほとんど変わらないから、別にこのままでも…」

〈ダメよ!完全に呪いが解けないと、エッチしない時間が続くほど、来島くんの身体はまた若返っていくわ〉

「…まじかよ」

〈おそらく…1週間で1~2歳くらい。1ヶ月もほっとけば、あっという間に元通りよ〉

「うーん、でもなぁぁ~」

はぁ、とうなだれる。

〈まぁ…逆に言えば少しは猶予があるから、ちょっと様子みてみたら?塔子ちゃんにも冷静になる時間が必要でしょ〉

「…そうだよなぁ」

ごめんな、榊。

傷つけてごめん。

早くちゃんとしたいのに、うまくいかない。

*********

昨日はいつの間にか寝てしまっていた。

腫れぼったい目を冷やそうとリビングに行くと、そこに来島くんの姿はなかった。

作りかけのしょうが焼きはラップをされて、キッチンはきれいに片付けられている。

「………っ…ぐすっ」

自分から拒んだくせに。

自分の方が苦しめてるくせに。

涙が止まらない。

ふとテーブルを見るとメモが置いてある。

『今日は家に戻ります。
また明日来るけど、
嫌だったら無視してくれて良いから。
ごめん。 来島』

〈…来島くんのこと、嫌いになっちゃった?〉

いつの間にかコニーちゃんが私の肩にとまっている。

「違っ…嫌いになるわけ…す、好きだよ…すごく、大好き…」

〈それなら何でエッチしないの?〉

「……全部終わっちゃう…来島くん、また離れていっちゃう…」

〈塔子ちゃん…〉

子どもみたいに泣きじゃくる私を、コニーちゃんは小さな小さな手で一生懸命撫でてくれた。

〈塔子ちゃん、この1週間来島くんと過ごして何を思った?〉

「え、何をって、…」

〈淫の気だけじゃないでしょ〉

「あ、当たり前じゃない!」

〈だったらその気持ちに向き合って、ちゃんと決着つけなさい!
…逃げても先延ばしにしても、何の解決にもならないわよ!〉

「…そうだけど」

〈自分の気持ち、ちゃんと伝えたら良いじゃない〉

「そ、そんな簡単なことじゃないんだよ。どうせ来島くん困らせることになるし…」

〈あーーーもうっ!!!〉

コニーちゃんの大きな声に私はビクッとなる。

〈塔子ちゃんも来島くんも面倒くさいわねぇ!
何なの人間って、こんなにウダウダしてる生き物なわけ!?

結局本当のこと言って、自分が拒まれたり傷つくのが怖いだけじゃない!
…困らせるって、こんなことになって今さら何言ってんのよ!
言い訳ばっかりして、逃げてるようにしか見えないのよーー!!!〉

ハァハァと息を荒くするコニーちゃんは、キッと私を睨み付ける。

〈…こんなんじゃ、一生呪いなんて解けないよ。
自分でかけた呪いに、塔子ちゃんずっと苦しむことになるわよ!〉

「……」

〈…来島くん、今日仕事に行くって〉

「え…」

〈どうする?仕事ずる休みでもして逃げちゃうの?〉

コニーちゃんが意地悪そうに笑う。

「……行くよ。顔洗ってくる」

私は腹をくくって洗面所に向かう。

〈…はぁ~本当面倒な人たちねぇ~〉

コニーちゃんは来島くんの書いたメモをペシッと蹴飛ばして呟いた。


つづく

※元投稿はこちら >>
18/06/15 06:10 (ZVHFfbuY)
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