『明日から週末にかけて、強い冬型の気圧配置が続き、強烈な寒気が居座る見込みです。
日本海側では引き続き大雪や猛吹雪に警戒が必要になるでしょう。
関東全域でも厳しい寒さが続きますので、しっかりと防寒対策をしてください』
「うぉ…明日はこっちも降りそうだなぁ。車は無理かな…バスの時間見とくかな」
「うわぁ、おじさんのひとりごとって寂しくてやだなぁ~」
「っ!!い、いつの間にそこに…」
「お風呂、どうもですっ」
「はぁ…」
『すぐヤルと思って薄着で来てたんですよぉ~
うぅーずっと外にいたから寒い~風邪引く~』
『だぁー!うるさいな!風呂入れてやるから入ってこい!』
『わーい♪あ、おじさん、ジャージか何か貸してください』
『はぁ?お前なぁ…』
『私ミニスカートしか持ってきてなくって。パンツ見えちゃいますけど…』
『……置いとくから』
「おじさーん、何か飲み物もらいますね~」
「…はぁぁ…」
彼女の言う通り、自分は思いのほか人が良すぎるのかもしれない。
こんな見知らぬ若い子を家に入れて、風呂や服まで貸すなんて…
ちょっと待て、そもそも本当に成人してるんだろうな。
心臓がドクンッと鳴る。
「おーい、おじさん。一緒にビールでも飲みません?」
「…あの俺、警察のお世話にはなりたくないんですけど…」
「もぉ~心配性だなぁ。ほら!ね、大丈夫でしょ」
彼女はカバンから免許証を取り出して俺に見せつけた。
『平成8年5月15日生』
えーっと、と指折り計算し、ひとまず未成年でないことに胸を撫で下ろす。
「安心した?」
「まぁ、とりあえず条例違反ではなかったので…」
「セックスしてもセーフだよ?」
「っ!…しません!!」
「もぉっ、冗談じゃん」
しかしまぁ…こんなに可愛く笑う子が、今夜寝る家もないのか。
こんなカバンひとつに彼女の全部が入ってしまうのか。
こんなおっさんに身体を売らないと生きていけないのか。
「おじさん?どしたの?」
「べ、別に!!」
やばい、情が移るのが早すぎるだろう。
「おじさんって、単身赴任ってやつ?男の一人暮らしにしたって物が少なすぎるよね」
「あぁ、まぁな。ここに来てまだ3ヶ月だけど、またどこに行かされるやら。
ったく、独身ってだけですぐ…」
「えっ!独身なの?意外~私的に結構イケてるのに♪」
「そりゃどうも…まぁ、そういう縁がなかったんだよ」
「ふぅん…ひとりで寂しくならない?」
「まぁ…全然ならないことはないけど。ひとりに慣れてるからなぁ…」
「へぇ~大人だねぇ。私もひとりに慣れる日が来るかなぁ」
「そんな…君はまだ…若いんだから…これから、先…」
仕事で疲れていたところを、(元)デリヘル嬢とすったもんだした挙げ句、ビールまで飲んだので俺は急激な眠気に襲われてそのまま落ちてしまった。
「おじさん?…うそぉ、寝ちゃったの?
まったく、無防備で人が良すぎるのも考えものだね。
おーい、おじさん。私が悪人だったらどうするんですかぁ?もぉ~ちゃんと布団入ってよぉ~」
誰かに遠くで呼ばれた気がするけれど、頭がふわふわして動けなかった。
********
トントントントン…
「…ん」
カタンッ パタパタ…
「んん、何…」
「あ、おじさん起きた?おはよー」
「………!!!」
ガバッと起き上がり、目の前の光景に頭が追い付くまで少し時間がかかった。
「雪ちょっと積もってるけど、バスは大丈夫みたいだよ」
「えっと…何、を…」
「何って、朝ごはんだよ?思った通りだけど、冷蔵庫ほとんど空っぽだったから、大したもの作れなかったけど(笑)」
炊きたてのご飯、大きな卵焼き、味噌汁。
うちのテーブルにこんなものが並ぶなんて。
「う、うまそうだな…」
「えへへ、うちしばらく母子家庭してたから、案外料理できるんだよ~」
「そ、そっか。いただきます……熱っ……んまっ…」
出来立ての味噌汁が身体に染み込んでいく。
「うわぁ、良かったぁ~!こんなことしか出来ないけどさぁ、一応お礼っていうか」
朗らかに笑う彼女が、今日の夜はどこで眠るんだろう…そんなことを考えると、どうにも胸が締め付けれる。
「今日は帰りの方が雪がヤバそうだよ。傘忘れないようにね」
本当に俺は、いつか悪い奴に騙されてしまうかもしれないと呆れてしまうが、それよりも先に口が動いてしまった。
「ねぇ、聞いてる?」
「週明けにはずいぶん暖かくなるみたいだから…週末まではここに居ても構わない」
「…え?」
「ただし!君にはバイトとして食事を作ってもらう…そうすれば、君も俺に身体を売らないと、なんて変な気を起こすこともないだろう。俺も…えっと…超短期の住み込みバイトとしてなら、何て言うか…」
自分で言いながら、何だかとんでもないことを言ってしまった気がして冷や汗が出てきた。
「…いいの!?ほんとに??」
ガバッと俺の服を掴んで彼女は目を輝かせる。
「し、週末までだからな。今日が金曜だから、あと3日だけ…」
「うん!週明けには前にやってたバイト代が入るから!ほんと助かる!!ありがとうおじさん~」
ぐりぐりと抱きつかれ、俺は年甲斐もなく真っ赤になってしまった。
あぁ、いつか本当に捨て犬でも拾ってきそうな自分が怖い。
つづく
※元投稿はこちら >>