「俺…吉野さんのこと、可愛い人だなって思います」
そんなこと言われたのは初めてだった。
「仕事に一生懸命なのも、おっさんたちの世間話に真面目に返してくれるのも…
みんなから嫌われたくなくて頑張っちゃうのも、辛くてひとりで泣いちゃうのも…」
「橋元くん…」
「断れなくて俺なんかに連絡先教えちゃうのも、既読無視できずに返事しちゃうのも…
なんて…不器用な人だろうって。
…不器用で、真面目で、優しくて…俺、いじらしくて仕方ないです」
「……」
「もっと、そばで吉野さんのことを見ていたいです。いろんなあなたが…知りたいです」
「……でも私、もう期待に応えられないのは嫌で…思ってたのと違うって…言われるの怖くて…じゃあどんな私なら良いの?って…思っても聞けないし…」
「…もし、俺の思ってたのと違う吉野さんだったら…」
ガッカリされるのが怖い。
捨てられてしまうのが怖い。
「…それってめちゃくちゃラッキーだよねぇ」
「え…」
「だってそうでしょ。俺しか知らない吉野さんって、俺にしか見せてくれない姿ってことですよね?そんなの…好きな人のそんなの…見れたら俺、幸せだな…」
『明里ってもっと物分かり良い女だと思ってたよ』
『子どもじゃないんだから、それくらい妥協できるだろ』
『経験多そうだから、すげぇテクあるのかと思った(笑)』
「俺、真面目で大人っぽい吉野さんも好きですけど、不器用で怖がりで…チーズに目のない吉野さんも可愛くて好きですよ」
「あ…」
ポロポロっと熱い雫が頬につたう。
「よ、吉野さん!?え、俺…すみません、何か変なこと…」
「ちが…違う…違うの…」
ブンブンと首を振るが、涙が止まってくれない。
どうしよう、橋元くんを困らせてしまう。
どうしよう…
ポンっと頭の上に手が置かれ、そのまま優しく撫でられる。
「えーと…案外、泣き虫な吉野さんも…好きですよ」
いつの間にか雨は止んでいて、アルバイトの女の子が心配そうに私たちを見ていた。
*********
「んっ…ちゅぷ…んぁ…は、しもとくん…何もしないって…嘘ばっかり…んぅ…」
「す…みません…俺…案外忍耐力…ないのかも…んっ…ちゅぶ…はぁ…」
あの泣き止んだ私は「何もしないので」と言う約束で、橋元くんのマンションを訪れていた。
「吉野さん…可愛い…もっと顔見せて」
「や…恥ずかしいから…んぅ!っは…あ…」
橋元くんの舌が身体中を優しく這い、私は溶けてしまいそうになる。
何度も何度も、彼は私の耳元で「可愛い」と言いながら愛撫を続けた。
そして彼の熱いものが、私の中に入ってくる。
「あ…んぁっ…」
ぎゅうっと橋元くんにしがみつくと、彼は優しく首もとにキスをしてくれる。
「よ、吉野さんの中…気持ちいい…っう…」
「はぁっ…あぁ…だめ…すご…んあぁあ…」
ザーーーッ
いつの間にか、また雨が降り始めた。
毛布にくるまり、隣では静かに橋元くんが寝息をたてている。
彼の胸元にすり寄ると「ん~」と軽く唸ったあと、ゆっくり目を開けて私を見つめてくれる。
「そういえば…明里さんはいつも立ち止まって何を見てたの?」
いつも、遠いところへ飛んでいければ、辛いことも苦しいことも消えてしまうのに…と思いながら空を見ていた。
でも、あの魔女の女の子は逃げるために空を飛んでいたんじゃない。
立派な魔女になるために、誰かの役に立つために、大好きな人を助けにいくために…彼女は空を飛んだんだ。
「えぇ…何か見てたかなぁ…」
「見てたよ~何か飛んでんのかなぁって、俺も気になって見ちゃったことあるもん」
「ふふっ…なんにも、飛んでないよ。ぼんやりしてただけ」
私は空を飛べないし、黒猫ともしゃべることはできないけれど、あの子のように頑張らなければ。
以前はそれが苦しくて仕方なかったけれど、不器用で不完全な私を可愛いと言ってくれた。
それだけで、私は昨日よりも少し上を向いて頑張れる気がする。
不思議なこの気持ちはなんだろう。
「ん、何か言った?」
「ううん…雨が止まないなぁと思って」
「……今日は明里さんに帰って欲しくないから、俺が朝まで止まないようにしといたの」
「ふふっ…橋元くん…それじゃ魔法使いみたいだねぇ」
もう一度すり寄ると、照れ笑いをした彼がぎゅっと抱きしめてくれた。
私は魔法にかけられたように、そのまま眠ってしまった。
case1 おわり
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