私は昔から、可愛い女の子に憧れていた。
ふわふわのレース、大きなリボン、お花模様のハンカチ。
そんなものが似合う女の子になりたかった。
現実の私は、男の人に「美人だね」「キレイだよ」と褒められることはあっても、「可愛い」と言われた記憶はほとんどない。
165センチの高めな身長では、ヒール選びにも苦労する。
巷で流行っている可愛いメイクも似合わない。
ふわっとしたミニスカートなんて履けない。
30を過ぎた今でも、空が飛べたらなんて子どものようなことを思っているのに、周りから見られる姿と私の中身は、どんどんかけ離れていく。
言い寄られては断りきれずに付き合って「思った感じと違った」と何度もフラれた。
私は、周りから期待されている私にもなりきれない。
橋元くんはどんな私を期待しているの?
*******
「いらっしゃいませ、空いてるお席どうぞ~」
若いアルバイトの声が響く。
「えっと…とりあえず腹も減ったし、何か食べましょう!」
適当に注文した後、向かい合ったまま静寂が訪れる。
「えっと、無理矢理誘ってすみません…フラれたくせにしつこくして…でも、俺…なんでダメなのか教えて欲しくて。
付き合ってる人がいるとか、年下は無理とか…「ごめんなさい」だけじゃ俺…諦められなくて」
確かに、ひとこと謝られて逃げられたんじゃ納得もいかないか。
私はいい歳して、男の人をまともにお断りすることもできないのか…
はぁ…と思わずため息が出る。
「すっ、すみません!気持ち悪いですよね…こんなこと言われても…」
「あっ、違うの、ごめん…何て言うか、自分が情けないなーって。橋元くんがせっかく気持ちを伝えてくれたのに、あんな返し方しかできなくて…失礼なことをして、ごめんなさい」
「……あの、やっぱり俺、吉野さんのこと好きです」
「いや、でも…」
「好きです」
「……」
そんな子犬のような目で見られても困る。
私があの無機質な場所で何とか平穏にやっていくには…
「わ、私…」
「お待たせしましたぁ!ミラノ風ドリアとマルゲリータピザになります!あとこちらシーザーサラダですっ!」
元気なアルバイトの声に、私の声はかき消された。
「ご注文の品、以上でよろしかったですか~?」
「あ、はい…」
ぐぅぅぅ~~
大好物のチーズの匂いが、私の空腹感を一気に高めてしまった。
「!!…ご、ごめんなさ…」
「んっ…ぐふっ…ん"…」
橋元くんはごまかそうとしているが、私の盛大な腹の音を聞いて、声を殺して笑っている。
カーッと顔が熱くなってしまった。
「す、すみませ…あまりに…良い音だったんで…ふっ…く…」
「チーズが…好きなもので…」
「だろうなと思いました。前の飲み会の時、ずっと気ぃ使ってる顔してた吉野さんが、ピザ来た時にめちゃくちゃ嬉しそうな顔してたの見たんで(笑)」
「えっ」
「隅っこの方ですげぇ旨そうに食ってるから、つい目がいっちゃいました(笑)」
「なんと恥ずかしいところを…」
「いや…可愛かったです」
この人はどんな私を
「吉野さん、可愛いです」
どんな風に私を…
*********
『すみません、こちら先日お願いされていた書類です』
『あ、どうもです。えーと、吉野さん?いつもめんどいこと頼んですみません』
『いいえ、仕事ですので。お気遣いありがとうございます。それでは』
最初は綺麗な人だなと思った。
少し年上で、美人な吉野さん。
『おっ吉野さん来てた?相変わらず色気振り撒いてんなぁ(笑)』
『お前、美人だからって惚れたりしたら遊ばれるぞ~(笑)噂だけどさ、実は…』
『はぁ…』
まぁ確かにあの雰囲気だったら男慣れしてるだろうなぁ。
でもそれから、吉野さんが部署に何かを届けてくれる度に目で追うようになった。
時々部署の外でも彼女の姿を見つけたが、ひとりで立ち止まって空をじっと見ているので話しかけられなかった。
空を見上げる時は、いつも自分たちに見せる余所行きの笑顔ではなく、何かを懐かしむように微笑んでいる。
その笑顔を見てしまってからは、彼女のことを考えることが確実に増えていった。
あの柔らかい笑顔を、自分にも向けて欲しいと思う頃には、あぁ俺は彼女のことが好きなんだなぁと気づいた。
飲み会で何とか連絡先をゲットしたものの、なかなか食事の誘いに応じてくれない。
もっと彼女のことが知りたいのに。
ある日の昼休み、共同の休憩スペースの扉の前で吉野さんが立っていた。
ラッキーと思って声をかけようとしたら、くるりと振り返り小走りで行ってしまった。
一瞬だけど、泣いていたような。
すぐに追いかければ良かったのに、中から聞こえた声に足が止まってしまった。
『それで今度は営業の橋元くんでしょ?絶対うちらが良いって言ってる人狙ってるよね!?』
『ほんとそれ!うざいわ~
さっさと辞めれば良いのにね、あの女』
『でもさ、明里さん辞めたらうちらの仕事増えるよ(笑)』
『確かに~でもさ、ちょっと美人だからって女を武器にしすぎって言うかぁ…正直そういうのって下品だよね(笑)』
明るく楽しそうに、彼女たちは吉野さんの悪口を言っていた。
違うだろ。
仕事ぶりや立ち振舞いを見ていれば分かる。
真面目で丁寧で責任感があって、クールに見えるけど気使い屋で、大好物を前にしたら目を輝かせて美味しそうに食べる可愛い人だ。
噂も嫉妬も何てくだらない。
俺が守ってあげたい。
今すぐ抱きしめたい。
そんな湧き出る感情に押されながら、俺は吉野さんに思いをぶつけた。
しかし彼女は目も合わせてくれず「ごめんなさい」とひとこと残し、走り去ってしまった。
ショックだった。
フラれたことよりも、おそらくひとりで辛い思いをしてきた彼女を助けることができないことが、ショックでものすごく悔しかった。
だから今日は、目の前にいる彼女にもう一度ちゃんと伝えたい。
勢いではなく、彼女のことを好きだという気持ちを、ゆっくりと伝えたい。
どうかもうしばらく、この雨が止みませんように。
つづく
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