ありがとうございますっ!
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「『まじサイテー』『勘違い野郎』『クズ男』…えーと、あなたへの誹謗中傷LINEが鬼のように来てるんですけど…
これ以上は、読み上げるのにちょっと憚られる内容なので、どうぞご一読を…」
「いらねぇ…っておい、ニヤけてんじゃねぇよ」
「ぶふっ…だって…うまい棒って…あれは確かにサイテーだわ…ふふっ…」
「…笑ってんじゃねーよ、あおい!」
「ごめ…ひなた君、だっておかしくて…普通、あんなこと言う!?相変わらず口が悪いんだから~そりゃみんな怒るよぉ」
笑いすぎて涙目になっている。
ちゃんと桃色のほっぺのあおいだ。
「…いつから気付いてたんだよぉ」
「え?最初からすぐに分かったよ。でも自己紹介しても何も言ってこないし、ひなた君も苗字しか言わないから、忘れてるのかスルーしろってことかなぁと思って…」
「そんなわけないだろ…」
「ふふ、ひなた君だ」
あおいが俺を見て目を細めている。
「本当にひなた君だ…また、会えた」
俺だって、ずっと彼女に会いたかった。
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忘れもしない、2008年の8月4日。
俺はあおいを連れて、高台にある廃神社に来ていた。
町の小さな花火大会がある今夜、俺はどうしてもあおいに取って置きの場所から花火を見せてあげたかった。
「すごーい!町が見下ろせて…あ、向こうに川も見える!」
「すげぇだろ!ここなら視界に邪魔がないから、花火がバッチリ見えるんだぜ!まぁ30分しかないけどさ、チャリがあるから15分くらいは見れるだろ」
あおいが子供だけで外出するなんて許されるわけもなく、俺たちはこっそり家を抜け出してきたのだった。
だからすぐに戻らないといけない。
それでも、あおいに外の世界を見せてあげたかった。
外はこんなに広くておもしろいんだぞって。
まさか、俺の子供じみたお節介があんなことになるとは思わなかったけれど。
ヒュルルルル…
ドーンッ!ドドーン!!
眩しいほどの大輪の花火が夜空にあがる。
あおいは隣で「ひゃあ!」とか「はぁ~」とか変な声を出すのでおもしろい。
花火が上がる時にこっそりあおいを見ると、少し汗ばんたおでこがキラキラと光って可愛かった。
「ひなた君、これ前に見せた飛行石。つけてきちゃった!」
「あっ、ほんとだ!すげぇ、首につけてると本物みたいだな」
「こないだ調べたら、これね『ラピスラズリ』って石なんだって。昔から魔除けだったり、幸せをもたらす効果があるの。あと持ち主の願いを叶えてくれたり…」
「ラピっ…スラ…なんかすげぇ石だな…」
「私の名前の「碧」っていう字、このラピスラズリの色を表すって言われてるんだって。深くて濃い青色…
だからおばあちゃん、私のお守りにこれをくれたんだと思う」
「そっか、これあおいの名前の石なんだな。じゃあ絶対守ってくれるな!」
「そうだね」
ふたりで笑い合った瞬間、あおいは背後から知らない男に羽交い締めにされた。
俺は別の男に突き飛ばされ、腕を思いきり擦りむいた。
泣き叫び俺を呼ぶあおいが、林の奥に停めてあった車に乗せられそうになる。
俺は必死で走って男に突撃すると、何度か蹴り飛ばされてしまった。
腹も蹴られて吐きそうになったけど、絶対に離すもんかと足にしがみついた。
そこからの記憶はないが、気がついたらあおいとふたりで、殺風景な部屋の中にいた。
俺たちは縄で縛られていたが、幸い口は封じられていなかったのでしゃべることが出来た。
あおいは死んじゃうんじゃないかってくらい泣き続けており、何度も「ごめんなさい」と俺に謝っている。
俺が気を失っている間に、誘拐犯は自分の父親が経営する会社をリストラされた職員であることを聞いたらしい。
リストラへの復讐のため、身代金を要求するためだ、と。
最近は近所のガキ(俺)とよく遊んでいるようだから、そのうち屋敷の外に出るのではないかと、ずっと監視されていたようだ。
あおいは「ひなた君を巻き込んだ」と泣いているが、俺は「神社なんかに連れてこなければ」と後悔で潰れそうになった。
ドーン…ヒュルルルル…パンッ…パラパラパラ…
窓のカーテンの隙間から、花火が見えた。
俺が…余計なことをしたから…
腕がヒリヒリと痛い。
情けなくて、悔しくて、怖くて、涙が出た。
必死で声を殺したけど、すぐ気づかれてしまった。
くそぉ…かっこ悪い。
あおいは俺にそっと寄りかかり「花火、きれいだねぇ」と言って、静かに泣いた。
「…なた君…」
どれくらい時間が経ったんだろう。
俺は泣き疲れて眠ってしまっていた。
花火も終わり、外は静かだ。
「ひなた君、起きて?」
「ん、あおい…」
「さっき、犯人が電話してる声が聞こえたの。たぶんお金の渡す場所とか相談してる」
「お、俺たち…殺されちゃうのかな」
蒸し暑いはずなのに、背中が冷たくなる。
「…させないよ。絶対そんなことさせない。私のせいで…ひなた君を死なせたりしない」
「…あおい」
「ひなた君、聞いて。これは完全にお金目的だから、お金さえ手に入れば私たちは帰れる可能性が高いよ。
お金がうまく奪えたら、お父さんに復讐できたも同然だもん。だけどさすがに殺しちゃったら、あの人たちだって「ザマーミロ」なんて呑気に思えないはずだよ。
だって、普通のサラリーマンだった人たちだもん…普通に頑張って働いてた人たちだもん…
…だから、私たちはじっとしてよう。
怖いけど、それが1番助かる確率が高いはず…」
「…あおい、おれ…」
「車に連れ込まれた時にチェーンが切れちゃったけど…これ、あおいのお守り…あげるね」
縛られたあおいの手の中には、ラピスラズリのペンダントが握られていた。
同じく縛られた俺の手に、無理やり持たせようとする。
「これは…お前のお守りだろ」
「持ち主の願いも叶えてくれるって。
あおい、ひなた君を守ってくださいってお願いしたから。
ひなた君、絶対おうちに戻れるから…だから…」
彼女の手が震えているのが伝わる。
手の中の石がドクドクと動くような感覚に陥る。
「だから、ひなた君…また一緒に遊べる?」
その後は映画のようなドラマチックな展開もなく、日本の優秀な警察によって俺たちは無事保護され、犯人たちは捕まった。
大人たちが騒がしくあれこれ聞いてくるが、俺は脱け殻のようになってしまい、あおいがどうなったかも覚えていない。
そこから後は本当に大変だった。
あおいを無理やり連れ出したことが誘拐のきっかけになったことは事実で、俺と俺の両親は四之宮家に何度も謝罪に出向いた。
最初こそ門前払いされていたが、必死であおいを守ろうとして痣だらけになった俺の姿を見て、あおいの両親は謝罪を受け入れてくれた。
ひとりで誘拐されていたら、あおいはパニックを起こしていたかもしれない。
あの子に大きな怪我がなかったのは、君が盾になってくれたからだろう。
最後は、無事に帰ってきてくれたことへの安堵と感謝まで伝えてくれた。
しかし「もう二度と、あの子には近づかないで欲しい」と、厳しい口調で言われてしまった。
それから四之宮家の周辺は高く頑丈なガード柵で囲まれてしまい、俺はあおいの家に近づくことも出来なくなった。
怪我の治療や警察からの事情聴取、カウンセラーとの面談など慌ただしくしている内に夏休みは終わり、俺はあおいと出会う前の日常に戻ってしまった。
まるで一緒にいた日々が夢のように思える。
時々俺は、あおいのお守りの石を箱から取り出して眺めた。
この石だけが、あおいは夢じゃないって教えてくれるものだった。
そして彼女の姿さえ見れないまま、父親の仕事の都合で俺は遠くに引っ越すことになった。
もう、二度と会えないって思っていた。
「ひなた君、明日休み?…うち、ここから近いんだけど…」
また会えたら、あの時に言えなかった言葉を。
つづく
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