店の表に置かれた行燈の明かりだけが、辺りを照らす裏路地路地にその店はあった。
ブラウンのに金帯で飾られた扉を、開けると店内の喧騒が溢れ出す。
『いらっしゃい。』喧騒の中で、人一倍大きな声を張り上げ客を迎え入れる女性の声。
『あら、美映ちゃん、久し振り。』美映子さんが入ると、女性の声が一際大きく聞こえてくる。
「ママ、久し振り。」気軽な対応に、美映子さんとこの店の関係が想像できた。
4人が店内に入ると、ボックス席は先客に占領され、ママは申し訳なさそうにカウンターを薦めた。
恐縮するママに『いいのよ。』と言うと、カウンターに並んで腰かけた。
「忙しそうね…ママ。」ママから手渡されるおしぼりを受け取ると、周囲を見回した美映子さんはそう問いかける。
『そうなのよ…今日は女の子が急に休んじゃって…。』
「そうなんだ…じゃあ、ここはわたしがやるから、ママはあっちのお客さんの相手をしてあげて。」言うと、美枝子さんは立ち上がり、カウンターの中に入っていった。
「水割りでいいよね…姉さん。」カウンターを挟んだ美映子さんが部長に尋ねる。
『そうね、上山君も柊司くんも水割りでよかった?。』部長に尋ねられ、頷く。
手際よく、人数分の水割りを作る美映子さんを見ながら
『美映子さん、慣れた感じですね。』と言うと
『だって、かつての職場だったもの。ねえ、美映子。』部長が知った風に言うと、美映子さんは微かに微笑み水割りを、個々の前に置いていく。
部長や上山さんと仕事やプライベートな話を続ける。
流石に話題に事欠いたのか、部長がカラオケを提案しマイクを持った部長が歌いだすと。上山さんもカラオケのページを捲りだした。
グラスの水割りを飲み干すと、氷が音をたてる。
空になったグラスに、美映子さんの白い手が伸びてグラスを引き寄せ、水割りを作る。
立ち上がり、トイレに入ると鏡に映った自分を覗き見た。
頬とおでこが少し赤い
『ふ~っ』深い為息を吐きだし、トイレの扉を開けるとおしぼりを持って、美映子さんが待っていた。
「柊ちゃん、大丈夫?。」おしぼりを差し出すと、心配そうに顔を覗き込む。
『あっ、大丈夫です。』おしぼりを受け取ると、身体を壁にあずけ美枝子さんを見つめる。
極端な酒豪とは言えないが、人並み以上にアルコールには強いと思っていた。
「大丈夫じならいいけど…。」安心した様に言うと、美枝子さんは唇をぼくの耳元に寄せると、囁く様に
「終わったら、会社の裏でまってるから。」そう一言告げると、カウンターに戻っていった。
美映子さんの後ろ姿を目で追いながら
【待ってるって…?】美映子さんの言っている本意を掴めずに、部長の宣言で二次会が終わると、ぼくは部長と上山さんに挨拶し、一人会社に向かって歩き出した。
振り返ると、部長と身体を並べながら遠ざかる美映子さんの後ろ姿があった。
【確かに、待ってるって言ったよな…】遠ざかる美映子の様子に、腑に落ちないまま会社に行く。
途中、自販機でジュースを買い、会社裏の街灯のあたらない薄暗い壁に身を寄せる。
人の気配に気づいたのは、買ったジュースを飲み干した矢先だった。
気配の方向に目を凝らすと、街灯に照らされた恵映子さんが足早にこちらに向かって歩いてきた。
美映子さんに分かる様、明かりの照らされた場所に出ると、ぼくを認めた美映子さんが嬉しそうに歩を早めた。が
「待った?。」少し息を荒くした美映子さんが、胸元を押さえながら聞いてくる。
『そんなに待ってないですよ。』
「そう、よかった。随分、待たせたんじゃないかって心配しちゃった。」
『どうして、待ってるなんて言ったんですか?。』美映子さんから何も聞いていないぼくは、そう尋ねるしかなかった。
「待ってるって言っといて、わたしが遅れちゃったね。今からは、わたしだけの歓迎会をしてあげる。」そう言うと、ぼくの腕に腕をからめ、美映子さんは歩き出した。
何気に腕時計に目をやると、時間は既に翌日になっていた。
田舎の真夜中と言う事もあり、大通りには人通りが無かった。
その道を腕組みをしながら、行先も告げられないまま美映子さんに誘われるまま歩き続けた。
『美映子さんが、ぼくの歓迎会をしてくれるんですか?。』
「そうよ…嫌?。」
『嫌じゃないですけど…どこに行くのかな?と思って。』
「ふふっ、とってもいい場所に連れてってあげるから…柊ちゃんは一緒に来ればいいの。」美映子さんは、ぼくの腕を抱きかかえると顔を肩に乗せる。
美映子さんの身体から、甘い香りが届き腕に美映子さんの熱い体温が伝わってくる。
何かに背中を照らされ、振り返ると大通りを行燈をつけたタクシーがやってくる。
美映子さんが、伸びあがる様に高く手を上げると目前にタクシーが停車した。
美映子さんに促されるまま、社内に身を置くと、後から乗り込んだ美映子さんがタクシーに行き先を告げる。
「運転手さん、取りあえずこのまま真っ直ぐ行って…。」
【はい…。】運転手は車を発車させると、言われるまま真っ直ぐに大通りを進んだ。
美映子さんの指示で、交差点を何度か曲がるとタクシーは国道に出た。
国道を数分進むと、唐突に美映子さんはタクシーを停車させた。
「運転手さん、ここでいいわ。」タクシーに運賃を払う美映子さんに続いて、タクシーを降りる。
辺りを見回すが、明かりについた建物もなく国道を照らす街灯の明かりだけが、白い道路を浮かびあがらせている。
「こっち…。」美映子さんは身体を寄せると、ぼくを国道からそれた雑木林に連れて行った。
国道の僅かな明かりも届かなくなった、雑木林の道を暫く進むと突然、目に入った明かり…それは、緑色に白く【空】と抜かれた光る看板だった。
「ここよ…個人歓迎会の場所…。」暗がりにそびえ立つ建物の屋上には、ライトに照らされた【ホテルルート10】の看板があった。
『ここって…ラブホじゃないですか…。』美映子さんの個人的な歓迎会という言葉に、少なからず期待していたが美映子さんが既婚者である事で、その想像は自分自身否定していた。
「そう、柊ちゃん入った事ないの?。」あまりに簡単に言う美映子さんに、今だ本心が掴めないで困惑していた。
『入った事はありますが…。』
美映子さんと一緒にラブホに入る。
そう考えただけで、興奮を覚えたぼくは喉がカラカラだった。
【ゴクリッ】喉を湿らす唾を呑み込むと、喉がなった。
「柊ちゃん、こんなおばさんじゃ嫌かな…。」美映子さんは潤んだ瞳を向ける。
『そんな事は…ぜんぜん無いです。美映子さんこそ、ぼくの相手なんてしていいんですか?。』
そう、問い返すと美映子さんの手が首に回され、その顔が近づいてくる。
唇が触れようとした時、美映子さんの目が閉じられ、咄嗟にぼくは美映子さんの身体を引き寄せた。
柔かい感触を唇に感じた時、直ぐ目の前に美映子さんの顔があった。
一度だけ、唇を重ねると何も言わないまま、s自然と二人はラブホに足を入れた。
部屋に向かうエレベーターの中、身体を並べた美映子さんに手を握りしめていた。
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