八月に入ると、先月までの蒸し暑さが嘘の様に思える気候になった。
気温は30℃を超える日が連日、続いたが不快な気分を感じる事はなかった。
数か月の間に、美映子さんとの関係は深まって行ったが、それは同僚としてという建前での事だった。
それでも、プライベートな話をする時は気持ちも軽くなった。
「週末、柊ちゃんも行くでしょう?。」事務机にコンビニで買った昼食を広げながら、美映子さんが訪ねる。
他の社員達は連れだって外食に行き、閑散とした事務所に二人だけが取り残された形で昼食をとっていた。
朝礼の後、回覧されてきた【親睦会】と銘打った懇親会の事であろう事は容易に想像出来た。
回覧されて来た、案内兼出席名簿を見ると、美映子さんの名前に出席と書かれていた。
『週末ですか…。』今週末は幼馴染連中が、仲間内で就職祝いをしてくれるという連絡を貰っていた。
「何か予定が入ってるの?。それって、仕事の付き合いより大切な事?。」
『そう言われると、困っちゃうけど…。』曖昧に言葉を濁していると
「そうなんだ…。柊ちゃんってそう言う気遣いの出来ない人なんだ…。」
『気遣いって…。ただ飲むだけじゃないですか。』
「柊ちゃんが入社して、初めての親睦会なんだよ。当然、柊ちゃんの歓迎会も兼ねてに決まってるじゃない。」
『えっ、ぼくのですか…?。』正直、そこまでの意味合いは考えていなかった。
「柊ちゃんがいないんじゃ、あたしもつまんないなぁ…。」不満気に言葉で追い詰める美映子さんに、根負けしてしまった。
『分かりましたっ!。じゃあ、あっちはキャンセルして出ますよ…親睦会。』出席名簿の名前の横にある空欄に、出席と書き込んだ。
仕方が無かった様に振る舞いながらも、美映子さんも出席する親睦会が楽しみにも思えた。
週末、仕事が終わると早々に家に帰り、仕事着のシャツとスラックスを脱ぐとTシャツにGパンに着換える。
ラフな服に着替えると、身も心も軽くなった気がする。
会社の駐車場に車を停めると、親睦会の場所である会社近くの居酒屋に向かった。
居酒屋の前には、既に到着した部長が待っていた。
『お疲れ様です。』そう告げると部長は
「お疲れ様。わたしも今、着いたところなのよ。じゃあ、中で待ってましょうか?。」入口に向かう部長に従って、後から続くと背後から呼ぶ声が聞こえた。
「柊ちゃん、まって…。」振り返ると、足早にこちらに向かう美映子さんがいた。
「よかった、間に合ったみたい…。」
美映子さんは、紺色の膝丈のワンピースを着ていた。
ノースリーブのワンピースは、胸元がV字に開かれその出で立ちに普段見慣れた美映子さんと違った女性に感じられた。
開始を予定していた時間の十分も前には、部長を含めた6人の社員が出そろった。
部長の挨拶が始まる。
「年2回の親睦会ですが、今回は新入社員の柊司くんの歓迎会も兼ねてます。」そう挨拶で部長が告げると、美映子さんがぼくに目配せを送ってきた。
少人数の宴会にも関わらず、居酒屋は小さな小部屋をあつらえていた。
テーブルを中央に車座に座ると、ぼくの隣には先輩の男性社員の上山さんが座った。
日頃、社内ではゆっくり話す機会もなくて仕事意外の事は、あまり話した事がなかった。
お酒を注ぐ度、上山さんは多弁になっていった。
上山さんは35歳、まだ独身と言う事。
入社して、10年になる事。
そんな会話を上山さんとしながらも、ぼくは斜向いに座った美映子さんに視線を向ける。
美映子さんは、上座に坐る部長と話をしていた。
やがて、デザートが運び込まれると、部長より親睦会の終了が告げられる。
上山さんに注がれる度に、コップのビールを飲み干していたぼくは、酩酊しないでもそれなりほろ酔い気分だった。
個々に立ち上がり、帰り支度をしだす様子にぼくも立ち上がると、部長が傍らに来る。
「二次会に行くけど、柊司くんはどうする?。」問いかけられ、返事を返そうとするぼくに
『柊ちゃんも行くよね。』そう言いながら、美映子さんが後ろから、ぼくの腕にしがみついてくる。
咄嗟に目をやると、薄らと頬を朱く染めた美映子さんの顔があった。
ぼくの腕に、抱きかかえる様にすがる美映さんの胸の膨らみが肘にあたっている。
「はい、行きます…。」
居酒屋を出ると、10分も歩いただろうか目的のスナックに到着した。
どうやら、会社での飲み会は近所の店が定番らしい。
二次会は部長、美映子さん、上山さんとぼくの四人になっていた。
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