初めての美映子さんとの夜以降、ぼくと美映子さんとの関係は緊密になって行った。
身体を重ねる度に、美映子さんは本質を露わにしだした。
まだ若いぼくのマニュアル通りのセックスに美映子さんが物足りなさを感じ、より刺激を求めている事をぼくは知らなかった。
その日は、退去者の出た物件を貸し出したいというオーナーに会う事になっていた。
このオーナーは何棟かの賃貸マンションを所有していて、弊社との取引は初めてだった。
美映子さんが何度も通い、漸く物件を任される運びとなった。
待ちあわせ場所に指定されたマンションに到着すると、前もって渡されていた鍵を使いワンルームの部屋に入った。
まだ残暑の残る八月の下旬、空調の止まったままの部屋に入ると、ムッっとした熱気が身体を包んだ。
『なかなか、いい部屋ですね。単身者向けでしたっけ?。』
住人が退去した後、業者を入れ床や壁をリフォームした部屋は新築に見紛う程だった。
8畳程のフローリングのワンンルームは一人で住むには十分なスペースだった。
「そうよ、ワンルームのバス・トイレにキッチン付き。あら、クローゼットもあるみたいね。」
美映子さんは壁に据え付けられた折り戸を開いた。
折り戸を開くと一畳程の空間が現われ、簡単な棚が据え付けられていた。
『いい部屋ですね。』
興味深く辺りを見回すぼくに
「気に入ったの?柊ちゃんが借りてもいいんだよ、ここ…。」
折に触れて、実家から出て一人暮らしを始めたい事を、美映子さんに話した事があった。
美映子さんは、その事を覚えていてくれた様だった。
『でも、家賃が…』
立地条件と部屋の状態を考えると、とても家賃を継続して払えるとは思えなかった。
「そうね…駐車場込みで月七万円は、今の柊ちゃんじゃきついか…。」
ファイルされた、物件の条件に目を落とすと美映子さんはそう呟いた。
『そうですね…五万円位なら、何とかなるんですけど…。』
「オーナーさんが来たら、相談してみようか。」
『そんな事出来るんですか?だって、この物件だって初めてなんでしょう…オーナーが気を悪くしたりしないですか?。』
マンションのオーナーには、一度会った事があった。
美映子さんが何度も営業に訪れていた為か、美映子さんを【ミエコちゃん】と気軽に呼んでいた。
年齢的には40代後半、身長が低く、身体が太ってる為かしきりに汗を拭いていた。
頭頂は薄く、頭の側面に生えた髪には薄らと白くなっていた。
美映子さんを見る視線が異様に思えた事がオーナーの第一印象だった。
「それが仕事だから、大丈夫よ。」
そう言いながら美映子さんは、腕時計に目を落とした。
「そろそろ、いらっしゃる頃ね。」
「柊ちゃんは、ここにいて。」
美映子さんはクローゼットの折り戸を開くと、ぼくにクローゼットに入る様促した。
『えっ?ここにですか…。』
美映子さんが何を目的に、ぼくにクローゼットの中に入れと言うのか、ぼくは理解できなかった。
「こうゆう話は、一対一がいいの。だから、ここに隠れていて。」
『だからって…。』
そんなやり取りを続けていると、玄関扉を開ける音が聞こえた。
驚きいて、玄関に視線を向ける美映子はオーナーの姿を見止めた様だった。
「ほら、来ちゃったじゃない…。」
無理やりぼくの背中を押すと、美映子さんはぼくをクローゼットに押し込んだ。
「静かにしてて…ばれちゃ、だめだからねっ。」
強く言ううと、無造作にクローゼットの折り戸が閉められた。
折り戸が閉められると、クローゼットの中は暗くなった。
ただ、少しだ開いたままの折り戸の隙間から、外の光が差し込んできた。
薄暗いクローゼットの中で、外の様子を伺う様に聞き耳をたてる。
【ドスドスッ】廊下を乱暴に進むオーナーの足音が聞こえる。
「おっ、ミエコちゃん早いね。」
馴れ馴れしい口調のオーナーの声が聞こえる。
「はい、折角頂いた機会なので、気が急いたというか…。」
「どう?この部屋。前の住人は女だったから、他から見れば綺麗な方だと思うんだ。」
「そうですね。綺麗にされてて、これなら申し分無いと思います。」
蒸し暑いクローゼットに息を潜め、外で交わされる美映子さんとオーナーの会話に聞き入っていた。
額から滲み出た汗が首筋を伝う。
「ただ…これはご相談なんですが…。」美映子さんの臆した声が聞こえる。
「相談?…どんな相談かな?。」
「ええ、できればお家賃をもう少し下げて頂ければと…。」
美映子さんがそう告げると、少しの時間沈黙したオーナーは
「ミエコちゃんがそう言うなら、考えてもいいけど…で、どの位の金額ならいいのかな?。」
「そうですね…五万円に値下げは可能でしょうか?。」
「ご、五万円…。」声だけでも、オーナーの絶句した様子が伺い知れた。
「ミエコちゃんの頼みだから、考えないでもないけど…五万円は無理な話だよ。」
「お願いします。五万円なら直ぐに借り手がつくんです。」
「そう言われてもなぁ…。少し考えさせて貰えないか…。」オーナーの困惑が、声の様子で伝わる。
無言の時間が流れ、ぼくは静寂した室内に気配を気取れない様、クローゼットの中で息を潜めたまま、様子をうかがっていた。
「お願いします…オーナー。」美映子さんが不安な声でオーナーに告げる。
「オーナーから預かった、初めての物件なんです。どうしても、わたしが手掛けたいんです。」
「それに…この物件が纏まれば、わたしの成績にもなりますし…。」
『成績?』聞き覚えのない単語に、美映子さんが何を言おうとしてるのか、理解出来なかった。
ぼくは入社後、一度だって成績やノルマといった言葉を聞いた事がなかった。
「成績ねぇ…ミエコちゃんも大変なんだ…どうしようかな、そんな話を聞かされたんじゃ…。」
「だめですか?オーナー…。」美映子さんの声が次第に小さくなっていった。
「わかったよ…仕方ないなぁ…。」
「本当ですか?」嬉々とした、美映子さんの声が聞こえてきた。
「ああ…ミエコちゃんのお願いだからね。でも、交換条件じゃないけどミエコちゃんにお願いがあるんだ。」
「お願いですか?わたしで出来る事なら、何でもします。」美映子さんは二つ返事でOKした。
「ミエコちゃんじゃなきゃ出来ない事だよ。」陰湿に感じる、オーナーの物言いに不安を感じていた。
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