コメントありがとうございますっ!
*******
「ほら、お兄ちゃんにお名前言って?」
桃のようにぷっくりした頬を突っつかれ、少し緊張した顔の男の子は
「りんたろうです…4さいです」
と答えた。
「こんにちは、凛太郎くん。僕の名前は『ゆうと』って言います。
お隣に住んでるんだよ。よろしくね」
小さな頭をこくんっと頷かせ、僕の顔をじっと見ている凛太郎。
さすが、あや姉の子どもだ。
凛太郎はとても愛らしい子どもだった。
最初こそおどおどしていた凛太郎だったが、30分もしない内に打ち解け、今は一生懸命絵を描いている。
「ゆうと、これみて!まえにママとね、きょうりゅうのとこ、みにいったの!」
おそらくあや姉と恐竜の博物館に行ったのだろう。
トリケラトプスと思われるものを楽しそうに指差しながら、僕に必死に伝えようとしている。
「りん~『ゆうと』じゃなくて『ゆうとお兄ちゃん』でしょ」
「だってママだってゆうとって言うもん!」
「えぇ~それは、ママの方が侑人より年上だから…」
「いいよ、あや姉。僕「お兄ちゃん」ってキャラでもないし」
「もう、ごめんね侑人」
申し訳なさそうに、でも楽しそうな凛太郎の姿に安堵したように、あや姉は微笑む。
慣れない場所ではしゃぎすぎたのか、夕方には凛太郎はぐっすりと眠ってしまった。
僕は凛太郎を抱っこし、あや姉の家に一緒に向かう。
「侑人、本当ありがとう。凛太郎ってばすっかりなついちゃって…」
「僕も楽しかったよ。本当…僕今は暇だからいつでも遊びに来てよ」
「ありがと!
なんか不思議な感じ…侑人が凛太郎くらいの時からよく一緒に遊んでたけど、今は大人になった侑人が私の子どもと遊んでくれてるなんてねぇ」
凛太郎の頭を優しく撫でながら、しみじみとあや姉がつぶやく。
「あの…あや姉は、大丈夫?」
「え~大丈夫だよ?元気だけが取り柄だし!みんなもこうやって協力してくれるしね。
本当ありがとね、侑人」
明るい笑いながら凛太郎を受け取り、小声で「またね」と言いながら、あや姉は行ってしまった。
********
僕は彼女のことが心配だった。
あれから1週間たち、その間あや姉は凛太郎と時々遊びに来てくれていた。
いつも楽しそうに、
いつも明るい笑顔を見せながら。
僕は知っている。
この人は優しい人だから、辛いことを素直に辛いって言えない時がある。
僕が小学2年生の時、あや姉の家で飼っていた猫の『ピッピ』が死んでしまった。
ピッピはおっとりしたおばあちゃん猫で、よく遊びに来ていた僕にもなついてくれていた。
動かなくなったピッピを前に大泣きした僕は、なかなか離れようとせず周りを困らせてしまった。
そんな僕をあや姉は優しく慰めてくれた。
「ピッピは天使になって、侑人のこといつも見守ってくれてるんだよ。
ずっと泣いてたら、ピッピが心配しちゃうよ?」
何度も何度も頭を撫でてくれて、僕は何とか泣き止んだ記憶がある。
その夜お風呂から上がって部屋に入ると、あや姉の部屋の電気スタンドだけが付いており、その前にあや姉が座っていた。
いつものように窓を開けて名前を呼ぼうとしたが、あや姉の姿を見て僕は固まってしまった。
「っ…グスッ…ピッピ…うぅぅ…やだよぉ…ふぐっ…ひくっ…ぅっ…うぅ…」
泣いていた。
僕の何倍もの涙を流しながら、ピッピの名前を呼び、泣き崩れていた。
あとから聞けば、ピッピはあや姉が小学校に上がった時に飼い始めた猫で、ひとりっ子のあや姉はきょうだいのようにピッピのことを可愛がっていたらしい。
その時に、あや姉は優しすぎる人なんだと思った。
僕が泣いてしまったから、あや姉は泣けなかったんだ。
子どもながらに、あや姉を慰めることのできない歯痒さや自分の無力さのような気持ちに押し潰されそうだった。
あや姉の前ではもう泣かない。
あや姉が悲しい時は僕が慰めてあげるんだ。
僕は密かに、小さな決心を胸に抱えていた。
しかし相変わらず、あや姉は僕の前では明るく笑う人だった。
凛太郎のことを心配しているあや姉。
どうか、彼女がひとりで泣いていませんように。
悲しい気持ちで、夜を過ごしていませんように。
つづく
※元投稿はこちら >>