「どうしたの、ゆうちゃん。全然食べてないじゃない」
「なぁに、変なもんでも食べてお腹壊したんじゃないの?」
「いや、そ…そういうわけじゃ」
アハハ、と渇いた笑いを見せる顔色の悪い僕。
それをハラハラした目で見つめるあや姉。
「ゆうと!ママのおすしうまいよ!」
凛太郎はもりもりと散らし寿司を口に頬張ってハムスターみたいだ。
「それにしても、凛太郎くんもどんどん大きくなるわねぇ」
「ゆうちゃんが遊んでくれるから、俺も助かってるよ。5歳児のパワーを舐めとったわ」
日本酒を飲んで顔を赤らめたあや姉のお父さんが笑う。
「ハハハッ、侑人もまだまだ子どもだから、凛太郎くんとうまく釣り合っとるんだろう」
親父め…息子の気持ちも知らず余計なことを…
「おれおしっこぉ~」
バタバタと凛太郎がトイレに走る。
「こら、りん!お行儀悪いよ!」
「まったく、段々やんちゃになってくんだからなぁ」
「…ところで綾ちゃん、とっても余計なことって分かってるんだけど、お節介おばちゃんの言うことだと思って聞き流してね?」
「…?なぁに、おばちゃん?」
「おばちゃんの知り合いの息子さんでね、一昨年奥さまと死別された方がいてね。今年40になるんだけど…あ、お子さんは欲しかったけど出来なかったみたいでね」
え、おいおい…母さんまで何を言ってるんだ。
「おばちゃんも何度か会ったことあるんだけど、とっても真面目な方でねぇ。
本当に無神経なこと言ってるのかもしれないけど…綾ちゃんにどうかしらと思ってね。
今のご時世、シングルマザーでも立派にやってる人はそりゃたくさんいるのは分かってるんだけどね、やっぱりいざと言うときにパートナーがいたら安心って言うか…」
「でも母さん、まだ綾ちゃんも戻ってきて間もないから…」
「あらまぁ、高橋さんにまでいろいろ心配かけちゃってごめんなさいねぇ。
まぁ…いずれそう言うご縁があればいいかなぁとは思ってるけどねぇ…」
「あっ、もちろん今すぐにってわけじゃないのよ。綾ちゃんが落ち着いてからで良いし、私も勝手にあちらさんには何も伝える気はないから!」
「まぁ、綾にその気があるんだったら…なぁ。そういう話がいただけるのはありがたいことではあるけど…」
「そうよねぇ。凛太郎もあんまり大きくなると、難しいところもあるのかしら…」
「あの!ちょっ、ちょっと!ちょっと待ってぇぇ!!!!!」
僕の大声にみんなはビクッと止まる。
「な、なによ。侑人、おっきい声だして」
「おっちゃん、心臓止まっちゃうよ(笑)」
今しかない!今しかないぞ、侑人!!
ササッと正座に座り直し、拳に力を込める。
「あやね…いや、綾さんと…昨年からお付き合いさせてもらってます!」
あや姉も慌てて正座になる。
「も、もちろん…凛太郎のことも考えてますし、考えた上で一緒になりたいって、思っています!
なので…ぼ、僕たちのお付き合いを…み、認めてください!!」
ガバッと頭を下げる。
あや姉も隣で静かに頭を下げている。
しばらくの静寂の後、頭の上で4人の驚きの叫び声が響き渡る。
「えっ!えぇー!?あんた何言ってんの?」
「なっ…お前先月就職したばっかりだろ!?
それを…えっ!?何言って…」
「いやいやいや、綾もゆうちゃんも…と、とにかく落ち着きなさい!いつからそんな…えぇ!?」
「あ、綾ぁ?ほ、本当なの?あなた凛太郎もいるのに…ゆうちゃんいくつだと思ってるのぉ?」
想像はしていたが、思った通りの反応だ。
覚悟はしていたけど、簡単には認めてもらえないんだろうな。
僕はゆっくりと顔を上げる。
さっきよりは上手く息ができる。
「…みんながびっくりするのも当然だと思ってます。反対されるだろうとも思ってきました。
社会人になりたてで、甘いこと言ってるように聞こえるだろうけど…僕は…ずっと、ずっと綾さんのことが好きでした!だから…」
「あ、あんたねぇ…そんな…簡単なことじゃないでしょう…」
「そ、そんな…見知らぬ40歳の男になんか、あや姉は渡したくないです!!僕が、僕が…あや姉と凛太郎のそばにいたいです!おっ…お願いしますっ!!」
もう一度頭を下げる。
「お父さん、お母さん。私も…侑人が好きで、すごく大切な人なの。
昔っから私のことを見てくれていて、今回も…私が抱えていたしんどさとか不安とかを…全部受け止めようとしてくれて…
ただでさえ心配をかけているのに、さらに心配かけて…本当にごめんなさい。
おじちゃんとおばちゃんも、突然こんなこと聞かせてしまって…ごめんなさい。
でも…信じてください。私たちのことを…どうか…お願いします…」
「あ、綾ぁ…ゆうちゃんが良い子ってのはお母さんもよぉく知ってるけど…でも…」
「侑人…あなた、本当にきちんと考えてるの?ふたりだけの問題じゃないのよ?凛太郎くんがいるのよ?」
僕らは頭を下げたまま、動けなかった。
「えぇっ!ママとゆうと、けっこんするの!?」
凛太郎がパタパタと僕に近づいてくる。
「り、凛太郎、ちょっとお二階行ってようか?」
「えーほんとに?けっこんしたら、3人ですむの??えぇーやったぁぁー!!やったぁやったぁ!!」
凛太郎はバンザイしながら、その場をくるくる回る。
「ゆうとがいたら、ママはにこにこだもんねぇ~」
うふふと笑いながら、凛太郎はあや姉の腕にしがみつく。
「凛太郎…」
両親たちは無邪気にはしゃぐ凛太郎を前にして、それ以上は何も言わなかった。
しかし決して許しをもらえたわけではなく、僕たちは気まずい空気を残しながら一度解散することになった。
つづく
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