病院に担ぎ込まれる数時間前、沢の高巻きから転げ落ち、内蔵損傷、片肺が潰れる程の大怪我だった
「でもね、私嬉しかったの…あの時助けてくれた秀之にまた会えたし、今度は私が助ける番だと思ったの」
その思いはいつしか恋愛感情となり、程なくして夫婦となったこと、この地で暮らす為に秀之は都会を離れ、食堂を開いたこと、食堂の売上よりも手作りの和竿や毛針の方が主な収入源であることなど、裕美子は喋り続けた
「でもね、主人、中学の頃の私を助けたこと、覚えてないのよ?」
「ちょうどタカちゃんくらいの年頃だったかなあ、本当に釣り以外は眼中に無かったのねぇ」
いつの間にか一升瓶は空になっていた
「中学生の裕美子さんを襲った奴はどうなったんです?」
「それがあまり良く覚えてないのよ…あの時の記憶がぼんやりしてるの」
あまりに衝撃的な出来事は、自己防衛本能が働いて記憶がすっぽり抜けることがあるらしい ましてや思春期の不安定な精神状態なら、尚更だ
「まあ、そんな昔の話はいい」
秀之が半身を起こし、胡座をかいて卓袱台越しに話かけてきた
「単刀直入に言う、裕美子を抱いてくれないか」
次の瞬間、自分は口に含んだビールを噴いていた
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