眼鏡を外し、少し潤んだ瞳 明らかに湯上がりの火照りではない肌の紅潮…
「結婚もしてないし、釣りばかりで彼女なんてもう何年も居ないですよ」
対面の秀之は大の字で大いびきのままだ はす向かいに座っていた裕美子が、じりじりといつの間にか右隣に居た 右手を伸ばせば、裕美子の肩を抱き寄せることも出来そうな距離だ
「あのね、タカちゃん…今朝のことなんだけど、」
「分かってますっ誰にも言わないし何も見てませんっ」
忘れていた こんなに良い人達だけど、変態夫婦…
「そうじゃないの…ああいうことをする様になったのは、私のせいなの」
裕美子はグラスの中のドブロクを、残り半分、一気に飲み干した
「タカちゃん、おかわり」
「はいっ」
ふう、と息を吐いた裕美子は、崩していた足を揃え直し、真横で正座していた
「もう随分前の話なんだけど…」
自分がヒデさんや裕美子さんと知り合った当時より、更に昔の話だった
中学二年に上がりたての裕美子は、あの沢で暴漢に襲われそうになり 思わず沢に飛び込んで流されてしまったこと、偶々釣りに来ていたわかき日の秀之に助けられたこと、粗忽な秀之は助けようと飛び込んだものの、川底に頭を打ち、裕美子を救って岸辺に上がってすぐに血塗れでぶっ倒れてしまったこと…
「それでね、血塗れの秀之、主人を介抱も出来ない自分が歯痒くて、人を助ける仕事がしたくて看護学校を目指したの…」
「あ、じゃあそんな昔からお付き合いを…」
「いいえ、その時は人を呼んでお仕舞い…次に会った時は六年後、私が二十歳、主人が二十七、だったかな また血塗れで私の勤める病院に担ぎ込まれて来たのよ?今度は身体中血塗れで」
裕美子が思い出し笑いをしている 血塗れこと、秀之は…大いびきのままだ
一升瓶のドブロクが、みるみる減っていく…
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