夢なら醒めていて欲しいという思いも虚しく、翌朝になっても私たちの身体は戻らなかった。
「良い?昨日伝えた通りに言ってよ!変なこと絶対しないでよね!」
「もぉ~分かってるって」
「うぅ~不安しかない…」
「真緒、大丈夫だって!テストはさておき、紫乃さんなら高校生の相手くらいチョロいって♪」
ブイッと不敵な笑みを見せる紫乃。
「だからそれが不安なのよ~私のキャラと違うんだって…」
ハァァ…と深いため息がこぼれる。
「あんたこそ、店は夜からだけどしっかりやりなさいよ~」
「はいはい。もう遅刻するからさっさと行ってよね…」
どう見ても浮かれている紫乃の後ろ姿を見ながら、再びため息がこぼれる。
*********
「おはよー真緒。昨日大丈夫だった?」
「階段から落ちたんだって?」
教室に入ると二人の女子高生が駆け寄ってきた。
小柄で髪を二つ結びにした、少し幼い雰囲気の女の子が『坂本杏奈』。
ショートカットで柔らかそうなくせ毛の女の子が『松田栞』。
このふたりが真緒の親友らしい。
はぁ~ピチピチしてるなぁ。可愛らしい♪
「お、おはよ!大丈夫大丈夫、ちょっと捻っただけだから」
「そっかぁ、大ケガしなくて良かったね」
「痛かったらすぐ言うんだよ」
「う、うん…」
ピチピチ女子高生に優しくされると心に沁みるわ。
「でもさぁ、日野はかなり落ち込んでたよね(笑)」
「そうそう(笑)「別にいいけど…」とか言ってたけど、あれはへこんでたね」
(出た!日野くん!!)
「え~そんなにぃ?落ち込ませちゃってたのぉ??」
うふふ~とつい顔がにやける。
「…え、どしたの?いつもなら「はぁ、関係ないし!」とか言うのに」
「えっ!?あ~まぁ一応約束してたから、破って申し訳なかったかなぁ~って」
「そんなの今に始まったことじゃないじゃん」
「真緒いっつも「いや、興味ないし」って(笑)」
「え、まぁそうだよねぇ~」
(真緒ってば冷たいっ!え~キモい男子なのかしら、日野くんって…)
そうこうしていると、後ろがザワザワとやかましい。
「昨日の試合お疲れ様♪めっちゃ活躍してたねぇ」
「1年生ひとりだけだったんでしょ?すっごーい☆」
「また見に行きたーい♪今度の試合いつなのぉ?」
少し派手めな女の子たちに囲まれながら、数名の男子が入ってくる。
その中のひとりと目が合った。
女子たちの声を軽くあしらいながら、その男子はズカズカとこちらにやって来た。
ドカッと隣の席に座る。
「……階段から落ちるとか、だせー」
(昨日の試合…1年レギュラー…階段から落ちたことを知っている…)
『日野には、階段から落ちてケガしたから行くの無理って返事してるから、何か言われても適当に相づちしといたら良いから!』
昨夜の真緒の言葉が思い出される。
あ~この子が日野くん…この子が…へぇ、そうなんだ~え~…
「結構可愛い顔してるじゃない…」
思わず声に出てしまう。
はぁ!?と日野くんが驚いたようにこちらを見る。
おっと、昨日の謝罪!適当に相づちったって、真緒の心象が悪くなっちゃうもんね!
「あ、えーと、日野くん?昨日はごめんね、約束してたのに…急いでたら階段踏み外しちゃって…。試合活躍してたんだねぇ。私も見たかったなぁ~」
謝罪の基本はきちんと目を見て申し訳なさそうに!
そして自分に気がありそうな男には可愛らしさも加えつつ!!
じーっと見ていると、日野くんの顔はみるみる真っ赤になる。
え、やだ、可愛い。
「べ、べ、別に!!お前が来てなかったとか全然分からんかったし!…てか!普段から運動してねーから、そんなどんくせぇことになるんだよ!」
おやおや、口ではそう言ってても、ねぇ(笑)
「…そうだよね。私も日野くん見習って運動しなくちゃね!ん?日野くん、顔赤いよ?大丈夫?」
「っっ!!!」
ピトッと日野くんの頬を触ると、彼はピシッと固まってしまった。
ザワザワと周りがどよめく。
「ま、ま、真緒~」
「トイレ行こうよ~」
杏奈ちゃんと栞ちゃんに引きずられ、私はトイレに連れ出される。
「どしたの!?えっ、もしかして日野のこと好きになったの?めっちゃ優しいじゃん!!」
「え、いや…約束してたし、人として謝罪を…(あと、確実に真緒に気がありそうだから優しくしとこうかなぁと…)」
「てかあいつめっちゃ動揺してたね!顔真っ赤(笑)」
「っ!そうだよね!あれ可愛かった~(笑)」
「…真緒、昨日、頭もぶつけちゃったの?」
「普段なら、ウザイとかめんどくさいとか言ってるのに」
「あ~…ま、まぁね。あんまり冷たくしても悪いかなぁ~って。へへへ」
「え~前に言ってた好きな人はもう良いの?」
「もしかして、その人と何かあったの?」
心配そうに、ふたりが手を取る。
「えっ、す、好きな人?…あぁ、いや~まぁ、それはその…」
(何、あの子好きな人いるの?じゃあ日野くんにちょっかい出したらまずいのか??あちゃ~)
「さっきの見た?さすが親がああいう仕事してると違うよね」
「普通あんな手慣れた言い方出来ないよね~実はビッチとか?」
「ウケる、てかキモーい」
先ほど日野くんにまとわりついていた派手な女子たちだ。
こちらには目もくれず、しかし聞こえるように大きな声で言ってくる。
『親がああいう仕事』…なるほど、私のことか。
「…真緒、教室戻ろっか」
「無視しとけばいいから」
小声でふたりがフォローしてくれる。
そっか、真緒は目立つことしたらこんな陰口を叩かれるのね。
ちょっと頭使えば分かることだったのに…あの子なんにも言わないからなぁ。
少し目の奥が熱くなる。
「やだ、真緒大丈夫?」
心配そうに杏奈ちゃんがのぞきこむ。
真緒、ごめんね。
でも、でもね…ママはね…
「…大丈夫大丈夫!教室戻ろ!」
ふたりの背中を押しながら、派手な女子たちの後ろを通る。
「あ、安いキャバ嬢みたいなことしてても、安い男しか引っ掛けらんないわよ。ベタベタ化粧塗りたくる暇があれば、少しは男心勉強したら?」
「な…はぁ!?」
マスカラやグロスを片手に、こちらを睨み付けてくる。
「私で良ければいつでも教えてあげるわよ。親がああいう仕事してるから…あ、割と高級な店で仕事してるから、品のある振る舞いには詳しいの」
にっこり微笑むと、彼女たちは呆気にとられ何も言えないでいた。
杏奈ちゃんと栞ちゃんも驚いたような顔でこちらを見ている。
ごめんね、真緒。
ママはね……言われっぱなしが死ぬほど嫌いなのよ。
しかもあんな下品なメスガキたちにね!!
********
「うっ…何か寒気が…」
「紫乃さ…真緒、大丈夫?」
「何か不吉な予感がするよぉ」
「心配しすぎだって。紫乃さんも大人なんだから」
「そうかなぁ~」
「…まぁ、ちょっと気が強いから、地雷さえ踏まなければ…」
「え、何か言った?」
「いや、何にも~」
つづく
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